第31話 ふたり女子旅
古風な温泉旅館が並ぶ通りはライトアップされ、人混みで
「何よ、ここ」
風情がありロマン
(いや、ほんと何やってんだし)
「さて、どこで遊ぼうか。なにか食べたいのある?」
水本絵梨香は一人つぶやいている。
(遊ぶって、あんたと遊び理由がないし)
そんなユズナの気持ちを知ってか知らずか、絵梨香はあっけらかんな笑顔で振り返った。
「こういう女子二人旅っていいよね」
「は?」
ユズナはキレ気味に聞き返した。
(お前が誘拐してきてんだろ)
(やってることガチで犯罪だぞ)
「照れてるの? 可愛い」
「はぁ?」
あまりにも能天気な対応に
――仲が良いフリをして全てを探ってやる。
「……へへへ」
ユズナはニヤリと笑った。
「じゃあ、温泉にいこ」笑いながら絵梨香の横を通りすぎて温泉宿に向かおうとする。
「アイドルの裸を観たら友達に自慢できるからね」
「本当? 話がわかる子でよかった」
水本絵梨香はユズナに抱きついた。ユズナは作り笑顔で「まあね、ヒャヒャヒャ」と
(やっぱりコイツ嫌いだ)
*
湯気がたちこめている。露天風呂は貸切のように二人だけの空間になっていた。ユズナは月明かりを眺めていた。隣にいる女と入浴して安らいでいるのが不思議だった。
(さっきまではあんなに警戒してたのに)
つい先ほど、更衣室で服を脱いでるときに、ロッカー越しに長い髪を結ぶ水本絵梨香を見つめながら、ユズナは
(この女の目的は何なのだろう。私に近づく理由は?)
――謝罪をするためだけとは思えない。何か裏があるに違いない。それを解き明かしてやる。
「そんな真剣な目で見ないでよ」
「えっ、あ……」
「そんなに私のことが好き?」
「ウザっ」
そんなやり取りを思い出して、ユズナはクスッと笑いかけそうになる。
(何、油断してんのよ、バカ)
ジャブッ。両手で自分の顔に温泉をかける。
「いい時間ね」
声の方向を見上げると白い湯気が風で流れ、水本絵梨香は目を閉じている。
「ずっと、走り続けてきたから。こんなゆっくりとした時間は初めて」
ユズナは黙っている。しばらく水本絵梨花の顔を見つめていた。
やがて
「この前の県外ライブ成功したんでしょ、おめでとう」
「ありがとう。でもまったく感情こもってないね」
「わかるんだ」
「うん、わかる」
バシャッ。ユズナの顔にお湯がかかった。
バシャッ。絵梨香の顔にお湯がかかった。
「きゃー」
「やめてー」
二人の笑い声が闇夜に響く。仲の良い友だち同士のようにお湯の掛け合いをしていた。
やがて笑い疲れて静かになる。
ユズナは目を擦っていた。笑い過ぎて涙が出ていたのだ。
(こんなところで何やってんだろ、私。しかもこんな女と……)
そしてユズナが先に立ち上がった。
「背中流してあげるよ」
絵梨香は驚いた表情をした後に笑顔に変わった。
「ありがとう。やっぱりいい子ね」
「ウザっ」
*
ユズナはゴシゴシと泡立てながら
「かゆいところない?」
「大丈夫」
洗い場も白い湯気が
(ユウタとの過去に何があったのか)
それを聞くつもりだったが、切り出せない。
「あのさ」
美しい背中を泡立てながらつぶやく。
「初めてライブであなたを見たとき、光り輝いてて、天使に見えた。……これは本当だよ」
「本当に? ありがとう」
「今は悪魔にしか見えないけど」
「ふふっ」
「いや、褒めてないんだけど」
シャワーで泡を流していると「今度は私が流してあげる」と絵梨香にシャワーヘッドを奪われた。
「えっ、いや」
「何、照れてんのよ」
その笑顔は自然で優しかった。座らされたユズナはふと、一人っ子の自分に姉がいたらと想像してしまった。
(もしかしたら、こんな人だったのかな)
ユズナの後ろに立つ水本絵梨花もまた妹がいるかのような錯覚をしていた。彼女は愛おしげに可憐な背中を見つめながら葛藤していた。
唯一神のリリは呆れていた。
「何やってるの? あなた……」
(ごめんなさい)
「目的を忘れたわけじゃないでしょうね」
(でも……この子はもう傷つけたくない)
「馬鹿じゃないの?」
(リリ……)
「あなたが大切にするのはユウタただ一人よ」
絵梨香の目の色が変わる。
――この世界には二人の人間しかいないのだ。私とユウタだけ。
「あの日、見た光景を忘れてないでしょう」
そのリリの言葉で水本絵梨花は思い返していた。
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