第5話 ヒトカラ

 放課後のホームルームの後にテストの結果が配られた。

「やるじゃん、学年6位!?」

 後ろから覗きながらユズナは驚く。ユウタは喜びながらも、すぐに気持ちを切り替える。ポケットから取り出したのはサイリウム。これでライブに専念できるのだ。

 向かったのはカラオケボックスだ。当然、ソロ活主義の彼にとって1人カラオケ(ヒトカラ)は苦ではなく、むしろ大好きと自信を持って言える。ライブ前は必ずヒトカラで歌ったり振り付けの練習をする。

「いらっしゃいませ」

 常連中の常連なので入店しても「何名様ですか?」と聞かれることはない。VIPのように固定の部屋に案内される。

 水本絵梨香の曲が大音量で流れる。タイミングを合わせて振り付けを何度も練習する。

「違う! 遅い!」

 リトルユウタの激しいげきが飛ぶ。彼は剣を持ち、合わせ鏡のように目の前に立つ。

 トレーニングのときの彼は剣闘士養成所の教練士マギステルに姿を変える。少しでもミスをすると彼のサーブルが手元を突く。

 ユウタは息を切らしている。新曲はスタートからテンポが早く付いていくのがやっとだ。そして途端にリズムが変わる。そのときに手の動きがズレる。これでは最高の奉仕はできない。

「見るんじゃない、感じろ」

(確かにそうだ。アイドルを目で見るものだと誰が決めた。五感を研ぎ澄まして心で感じるんだ)

「予言に導かれし使徒よ、さあ踊るのだ」

 トレーニングを再開する。しかし心で感じようとするが、彼女の内面から放たれる思いがイメージの形にならない。ユウタにとって水本絵梨香の曲の大半はまさにスポーツドリンクのごとく心に染み入っていたが、この曲はメッセージ性が強く、中々モノにできない。

(彼女の理想についていけない自分が情けない)


 トレーニングを休んでいると、別の部屋から歌が聞こえてきた。すぐに水本絵梨香の曲だと気がついた。まだそこまで有名ではない彼女だが地元アイドルなのでファンがいてもおかしくはない。それにしても歌声が似ている。

 ユウタは思わずつぶやいた。

「まるで本人が歌っているみたいだ」

 ロングトーンの伸ばし方からビブラートの細部まで表現にこだわっている。聴きながらユウタは悔しいと感じた。ファンとしての嫉妬感情がまずは出た。自分こそが最高の推し活ファンと信じていたが、遥か上にいる存在を知る。井の中の蛙と思い知らされた瞬間だ。

「何がガチ勢だ」

 自分より上に立つ推し活強者とは一体何者なのか。

(どんな人か少しだけ気になる)


 部屋の外に出て、トイレに行く。その途中、歌が聞こえる部屋を通るときに、中をチラリと見た。扉のガラス窓の向こう側にいる女性は立って振り付けをしながら歌っている。その瞬間にユウタは目を疑った。

「水本絵梨香」

 斜め後ろからでもわかる。まさか、本人が歌っていたのだ。

 立ち止まっていると彼女は振り返って目が合った。数秒、見つめ合う。まるで永遠とも思える時間、2人は扉越しにそこに立ち続けていた。

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