第4話 多忙な日々
「おい、何やってんだ。ヒャヒャヒャ」
学校の門をくぐるときに、笑いながらユズナが話しかけてきた。ユウタは連日の付きまといと奇妙な出来事による警戒心から、振り返ったりキョロキョロと周囲を見回す素振りが目立つ。グラウンド前を歩きながら、ユウタが黙っていると、ユズナはため息をついた。
「本当なの?」
いつも明るい彼女もさすがにユウタの異常な様子に戸惑っている。
「誰かにつけられてるってさ」
「お前、妄想か何かと思ってるだろ」
「違うよ、失礼な」
笑いながら「ま、半分ぐらい。ヒャヒャヒャ」と舌を出す。
「お前、ふざけ過ぎなんだよ」
「ウシシ」
こっちは深刻なのにとユウタは思うが、彼女なりに元気づけているのはわかる。いつもウザいが昔からそうだった。悩んでるときや辛いときに昔から近くにいてくれた。
「放課後、図書室で勉強する?」
そう思いついたように口に出したユズナと視線を合わせる。中学時代からテスト期間は2人でよく図書室で勉強していた。ユウタとしても1人よりは誰かと一緒にいたいのは正直なところ。
「いいよ」と言いかけたが、やめた。
付きまとう奴が何者かわからず、彼女を巻き込むかも知れない。
「いや、家の方が集中できるから。お前うるさいし」
「失礼な。うっざ」
口を尖らせてボブの黒髪を揺らしながら先を歩いていった。ああなると、しばらくは口をきいてくれない。
机の上のスタンドライトが白く光っている。ユウタはノートを抑えながら真剣な眼差しでシャーペンを走らせている。
テスト期間が終わる時期にちょうどライブがある。それまでに推し活と並行して勉強をしないといけない。週2日のバイトと推し活を親が許してくれるのも両立しているからだ。
「推し活のためにバイトしたいんだけど」
初めてユウタが母親に相談したのはテーブルで宿題をしていたときだ。皿洗いをしていた母親は視線を上げた。
「推し活って、よく分からないけど、昔のアイドルの親衛隊とか、追っかけの人達みたいなことだよね」
「たぶん、そう」
ユウタはリアルタイム世代ではないが、昭和を振り返るテレビ番組の映像で観た記憶がある。当時は今のようにアイドルを推したり応援するのは肩身が狭かったらしい。母もその時代を過ごしてきたのなら、もしかすると嫌悪感や拒否感はあるかもしれない。
母は「なるほどねえ」といつもの口癖をつぶやいた。
「あんたがやりたいと思うなら止めない。でも、約束して。やるべきことはやること」
「やるべきこと」
「そう、普段の生活をしっかり送る。もう高校生なんだから、自分で起きなさい。部屋の掃除もする。お母さんが買ってきたメダカの世話もする」
「うん。いや、メダカは関係な……」
「それから勉強ね。学年で10番以内に入ること」
「ええっ!」
「それができるなら、お母さんは応援するわ」
真剣な眼差しだ。ユウタは宿題のプリントを眺めながらため息をつく。
「わかったよ」
「あと、今日からはここで勉強しないこと」
「メダカは関係なくな……」
テーブルを布巾で拭きながらシッシッと追い出される。母は数日前に嬉々としてメダカと水槽を買ってきたが、餌やりと水換えが面倒になり押し付けられた。筆箱とプリントを抱えて退散。リビングを出るときに「見てろよ」とつぶやいた。反骨心を煽られ、ユウタはメラメラとやる気が出たのだ。
その日からユウタは忙しい日々を送るようになる。勉強とバイトを頑張って、メダカの世話をしつつ推し活ライブを楽しむ。以前のように公園のベンチでユズナと雑談をする暇はない。
「ふーっ、これでテストは大丈夫かな」
勉強をひと段落終えて、スケジュール帳を開いて、ペラペラとめくる。何気なく過去のページをめくると、中間テストや学期末テストの後にライブが開催されていることに気がつく。
「凄い偶然だ。まるでおれのスケジュールに合わせてライブを開催してるみたい。へへへ」
(彼女は運命の人なのかも知れないぞ)
ユウタは幸せな妄想にウットリしながら浸っていた。
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