第7話 伝説は生まれた

 ライブは生き物だ。つくづくユウタは思う。生で見るエンターテイメントに嘘はない。いわゆる『お茶の間ファン』と呼ばれる人を悪く言うつもりはない。ただ目の前の臨場感と熱気はCDやストリーミングで聴く音楽では味わうことはできない。現地ファンの熱狂によってアーティストの音色とシャウトが変わる。

 愛刀のサイリウムをスローモーションで交差させながら彼は確かな生を感じていた。低音から高音に変わるとき、汗のしずくや湯気も時間が止まったように見える。横にいるユズナは昨日教えた振り付けははとんどやらずに、滅茶苦茶に両手を振り回して盛り上がっている。ただ、それも気にならない。

(これがゾーンか)

 ユウタの生まれ持っての推し活の才覚がここにきて一気に花開いた。彼は微笑をしながら周りを見てうなずく余裕すらある。水本絵梨香をリアルタイムで推すことができるこの空間にいられることがひたすらに至福である。寸分の狂いもなく、彼女の動きを見つつ、腕を振る。そして指先まで繊細に伸ばしてサイリウムの光を的確なラインに届ける。

 するとステージ上の水本絵梨香の床に地割れが起き、そこから光がうごめいて波となり会場の後ろまで波動が走っていく。なんてことはない。それらはユウタを始めとした使徒による光が連動してそう見えただけのこと。

(竹は一つの遺伝子がクローンとなり地下でつながり竹林となる)

 先日、そのことを知ったユウタはアイドルとファンもこの関係に近いと感じる。どこかで気持ちが繋がっていて、我々は推しのために繁栄を続けたいと思う。違いがあるのは竹の花は120年に一度しか咲かない。そして、その後に枯れる。アイドルは満開の花を何度も咲かせてくれる。

(この美しい花を輝かせるためにおれは存在している)


「ラストは『君が悪いな』という新曲です」

 マイクの声に会場がウォーッと盛り上がる。

「この曲は今までとは違うテイストで多くの人は驚いたかも知れません」

 静まり返る。水本絵梨香は涙を流している。

「私はアイドルという仕事を愛しています。多くの人に夢と愛をくばるのが大好きなんです」

 頬を赤く染めて唇を閉じて、一呼吸する。

「この曲はアイドルよりも等身大の私に近いのかも知れません。普段の私は強くない。こんなこと言うと、みんな失望しちゃうかな」

 目元を拭う彼女に声援が飛ぶ。

「そんなことはない!」

「頑張れエリー」

 会場にいるファンは感極まって、必死に励ます。

 ユウタはステージ上の水本絵梨香を見つめながら涙を溜めていた。隣にいるユズナも泣いている。

 エリーコールが響きわたる会場。すると、ドラム音がなり静まり返る。水本絵梨香の顔がスクリーンに大きく映り、彼女は瞳を輝かせてマイクを口に近づけた。


 『どうしょうもなく、愛しているのに、振り向いてくれない。

 自分が悪いと何度責めたことだろう。

 でも私を好きにさせた君が悪い、きっとそうなんだ』


 ユウタはサイリウムを走らせる。しかしゾーンにいる彼でさえもこの曲は手に負えない。暴走する魔物を制御するような感覚。


「やめろ、ユウタ! 今のお前にはまだ早い」

 リトルユウタは必死に彼を止めようとする。


『独りよがりな感情なのはわかっている。

 でも少しぐらいわがままな私でいさせてほしい。

 だって、あなたは振り向いてくれないのだから』


 電撃のような何かがユウタの全身を走る。

「うあああああああああ」

 その瞬間、サイリウムは宙を舞っていた。


 このとき、確かに伝説は生まれた。

 ライブの盛り上がりは絶頂を迎えた。

 歴史的なカリスマアイドルの誕生を人々は目撃したのだ。

 伝説のライブとして語り継がれることだろう。   

 会場の熱気は冷めることはない。

「アンコール! アンコール!」

 ユウタは気を失って倒れていた。

「ユウタ! ねえ、ユウタ!」

 ユズナの叫び声は会場にこだまする大声援にかき消されていた。

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