第13話 逃げ場のない列車
握手会のイベント会場を後にして電車に乗っていた。
「まあ、こういう日もあるよ」
へこんでいるユウタをユズナは励ましている。彼女はむしろ意外にもユウタに素っ気ない態度だった水本絵梨香にどこかホッとしている。
(あれが塩対応ってヤツなのか。ああいうのが好きなファンもいるのだろうけど)
ただ気になるのはユウタの発した言葉だ。
「それより、会ったってどういうこと?」
「ああ、カラオケボックスで偶然、歌ってるのを見たんだよ。そのとき、目が合って」
「ふうん」
「でも人違いだったんだ……ハア」
ユズナは水本絵梨香の先日の異常な光景を思い出していた。ユウタが付きまといに困っている話、カラオケボックスの話、そしてあの表情。それらが線となって結びついていく。さらにライブの最後の曲の
『独りよがりな感情なのはわかっている。
でも少しぐらいわがままな私でいさせてほしい。
だって、あなたは振り向いてくれないのだから』
「ああっ!」
突然、ユウタがスマホを見て大声を出した。目を大きくして画面を注視している。
「どうしたの?」
「握手会が途中で中止になったらしい」
「ほんと?」
「体調不良みたいでSNSで謝罪している。大丈夫かなあ」
ガタンゴトン。列車が走る音が鳴る。
「ユウタって、昨日も女につけられたんでしょ」
「ああ」
ユズナは立ち上がった。
「来て、面白いものが見れるかもよ」
車内は空いていて長椅子にまばらに客が座っている。主婦からサラリーマン、高齢者がいて、日常的な光景が広がる。乗客の数人は視線を上げて、車内を移動する2人をチラッとみている。
「どこ連れていくんだよ」
ユズナは左右に首を振り、ユウタを引っ張りながら連結してある車両に次々に乗り込んでいく。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
乗客を一人一人見て回る。それを繰り返していく。
(絶対にいるはず)
ユズナの目は鋭く光っている。水本絵梨香の正体をあばく。
(私がユウタを守る)
扉に手が伸びる。横にスライドしてガチャンと音が鳴る。視線を上げた。
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
車窓の外に広がる景色は後方に流されていく。
最後尾にたどり着いたが、部活の男子学生が寝ているだけだ。
「おかしいな」
ユズナは首を傾げた。
「なんなんだよ、お前」
「ごめん、勘違いだったみたい」
2人は最寄駅を降りて、商店街の方に歩いていく。
遅れてホームから駅構内を歩くのは大きな部活バックを持った男子学生だ。彼は背伸びをしながら、共用トイレに入った。
鏡の前で変装をとっていくと、現れたのは水本絵梨香だった。
「ユズナと言ったか、あの女」無表情でつぶやく。「邪魔だなあ」
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