第9話 葛藤
青い空の下、屋上のベンチには学生服の上着が掛けられている。コンクリートを踏み叩く足音が鳴り響く。日差しによって長く伸びた黒い影が左右にタッタッと動く。ステップを踏むユウタは最後に飛び上がり、両手をクロスさせて着地した。
「よし」
呼吸を整えながらグラウンドを見下ろしていると、後ろから声をかけられる。
「また、ぶっ倒れても知らないよ。バカ」
口を尖らせたユズナにユウタは首を振る。
「そうならないようにトレーニングしてんだよ」
長いシーズンを推し活していくには、基礎的な体力作りも必要だと、前回のライブでとにかく痛感した。ライブの最後に力を出しきれなかったことを彼は今も悔いている。
すぐ近くにいるユズナも彼の心境の変化に気がついている。より一層、推し活にのめり込もうとするユウタの姿を見て表情を曇らせている。
「あのさ」と彼女は切り出した。医務室での水本絵梨香の話を伝えようとした。彼女に深入りし過ぎるのは良くない予感がする。
――子供の頃、綺麗な絵の具を混ぜたとき、急に不気味な色に変わり、慌てて水で流した。
(水本絵梨香を思い浮かべると、あのトラウマに近い感情を思い出す)
美しい存在のはずが急にどす黒い
「何だよ」
上着を着ながらユウタは「あっ」と何かを思い出したように言う。
「握手会が今度あるから、お前もこいよ」
「良いの?」
「この前の借りがあるからさ」
ユズナはしばらく考えて、フーッと息をした。
「おっけ。いく」
「よっしゃ」
久しぶりに2人でハイタッチをした。
「さっき、お前なんか言いかけてなかった?」
ユウタが思い出して聞くが、ユズナは首を振る。
「ううん、何でもない。あっ、……カニ」
「カニ?」
「借りがあるならカニおごって。あと寿司も」
「無理に決まってんだろ? どっちかにしろ」
「え? いいの? じゃあ、カニ鍋!」
「マジ無理だって!」
2人で笑い合っていると、チャイムが鳴り「やばっ」とダッシュで教室に戻る。
ユズナは階段を降りる彼の背中を見つめている。いつの間にか以前より
それは水本絵梨香という存在がそうさせた。少しずつ自分の知らないユウタに変わっていく。それは彼の意思で決めたことだ。
(そうか。引き留める権利は今の自分にはないのだ)
こんなにも近くにいながら、彼が変化して離れていく現実がユズナにはつらく寂しかった。それと、同時に決意を抱く表情に変わる。
「それでも近くで見守ることはできる」
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