第28話 何の変哲もない写真

 僕はなるべく無難に答えた。


「あーテレビとかで、ね」


「たまにやってるわよね。でも思わない? なんか心霊写真って、古いものが多いの。ここ最近撮られたような綺麗な画質のものってあまり見ないのよね。コレクションでたくさん持ってるんだけど」


 僕は無言で烏龍茶を飲んだ。


 その答えは簡単だ。画質が良くなりすぎているんだ。


 僕もテレビなどでそういう写真は見たことぐらいはある。女の顔がみえる、足が消える、赤い光が入っている……いろんな種類があるが、僕はそのほとんどは「ヤラセ」であると思っている。はたまた気のせい、だ。


 上手く言えないが、写真を見たときに感じるのだ。ああ、人工的に作られたなあ、と。昔の荒い色で浮かび上がる顔は不気味ではあるが、今の写真は本当に美しい。鮮明に映る霊だなんて何だか不自然だし、合成も作りにくくなってるんだと思う。


 が、こんな夢のない話、あまり星野さんにすべきじゃないか……いや、あえてするべき? そしたら心霊写真収集なんて悪趣味なことをやめてくれるだろうか。


 僕は思い切って彼女に向き直る。


「あのさ、それは」


「で、いくつか持ってきたのコレクション。ちょっと大山くん見てみてくれない?」


 星野さんがにっこり笑って鞄から小さなアルバムをとりだした。茶色でおしゃれなアルバムで、まさかこのアルバムも自分が生まれたとき、心霊写真だけが詰め込まれるなんて想像もしてなかっただろうなと不憫に思う。


 周りから見れば可愛い女の子が何か洒落たアルバムを見せている。中身は旅行行った時の写真か、ペットの写真かとでも思ってるに違いない。


 僕はイヤイヤながらも手にした。心霊写真は大概ヤラセだとわかっているからなんとか可能だったのだ。


 パラリとページを捲る。一番最初に見えた写真はやや古いものだった。にこやかにピースする男女の後ろに、白い女の顔っぽいものがある。それを見てほっと息をつく。


 今までもよく見てきた類のものだ。僕の直感、「これは本物じゃない」という確信。


「いやな感じはしないね」


「そう……」


 残念そうに言う星野さんを置いてページを捲る。やはり全体的に古びたものが多い。中には鮮明な色のものもあるが、そうなると逆に幽霊たちが浮いて見え、なんだか違和感だ。


「あ、この集合写真はほらここの腕が多いんですって」


「ふうん」


「これはわかるね、首が綺麗に消えちゃってる」


「そうだね」


「これはこっちとあっち、それからここにも顔らしきものが……」


「うんうん」


 意気揚々と説明してくる星野さんに適当に相槌を打つ。どれもこれも、テレビ番組でよく見るようなものたちだった。陳腐でつまらなくて胡散臭い。いや、多くの人たちを楽しませるものとしてこういうものがあることを否定はしない。創作としてはよくできている。


「その様子じゃダメね……」


 僕の顔をみて星野さんは残念そうに眉を下げた。今まで彼女には怖い思いばかりさせられている身としては、何だか嬉しくなってふふっと笑みが溢れてしまう。


「まあ、心霊写真って僕が見てきた中じゃほとんどがヤラ」


 そう言いながらページを捲った時だ。


 自分の手がピタリととまる。


 目の前にあった写真は、ごく普通の写真だった。家の中と思しき場所で、小さな男の子が無表情でこちらを見ている。年齢は七、八歳くらいだろうか。背景には少しくたびれたソファや生活感のあるテーブルが映り込んでいる。


 その写真は、今までの物たちと比べて色合いが鮮明にみえた。恐らく、ここ最近の写真だと思う。


 少年は何をするでもなく棒立ちだった。ただ覇気のない顔だちでこちらを見ているだけの写真。ちょっと子供っぽくないな、という印象だ。ただそれだけで、他に怪しいところは何も見当たらない。


「…………?」


 その写真を目にした時、自分の中の何かが酷く動揺した。


 目を凝らしてみてもやはりなんの変哲もない写真。顔や手が写ってるだとか? 少年の体の一部が消失しているだとか? 細部まで注目してみても見つけ出せない。


 それなのに僕は、この一枚の写真に酷く恐怖心を抱いた。得体の知れない何かを見つけたような、モヤモヤしたような……。


 僕の手が止まっているのに気づいた星野さんがアルバムを覗き込む。そして、ほうっと感嘆したように言った。


「やっぱり大山くん、さすがだね……」


「え、え?」


「今回持ってきた写真の中で、本命はこの写真なの。ぱっと見なんの異常もない写真なのに、よくわかったね」


 彼女はうっとりするように写真を眺める。僕も再び視線を落としてみたが、やっぱり何も変なものは写っていない普通の写真だ。


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