第32話 鳴る
その日バイトが終了したあと、暇だった僕と星野さんはノックの家に直行した。徒歩十分、僕のアパートよりは新しそうなところで、そこそこ綺麗だった。
時刻は夕方の五時を回っている。赤い夕日が見える頃で、三人で並ぶと影が伸びていた。ノックは人が一緒にいるという安心感からかいつもの調子に戻り、星野さんも怪奇な現象を見に行ける喜びからかどこか楽しそうだ。
僕だけだ。浮かない顔をしているのは。
だって仕方あるまい、この二人は鈍感タイプだ。視えてしまう人間としては不安と恐怖が付き纏ってしまう。特に要注意はやっぱりこのオカルトマニアだ、余計なことをしなければよいのだが。
茶色のアパートの階段を登ってゆく。二階にあがり少しだけ廊下を進むとノックが足を止めた。ポケットから鍵を取り出して開ける。
「人が来るなんて思ってなかったからちょっと散らかってるけど〜」
そう言いながらドアを開ける。ドキドキして中を覗き込んでみたが、別段怪しいものは何もない普通の玄関だった。やや乱雑に置かれているサンダルやスニーカー、適当に立てかけられた傘。そこへ足を踏み入れ、二人で靴を脱ぐ。星野さんは美しい所作で靴を揃えていた。
短い廊下を抜けていくと部屋へ到着する。僕のアパートよりは少し広いワンルームだった。漫画やジャージが適当に脱ぎ捨てられいたが、それでも十分綺麗だと思える部屋だった。
僕は一度見渡してほっとする。今のところ変なものは何もいない、普通の部屋だ。
ちなみに問題のインターホンを見てみると、ランプは何も点滅していない。どうやら今日はまだ訪問客は来ていないようだった。
「ごめんな散らかっててー適当に座って! お茶ぐらい出すから!」
漫画たちを適当に隅に固めたノックは冷蔵庫の方へ向かっていく。お言葉に甘えて星野さんと二人で座り込んだ。彼女は早速キラキラした目で僕に小声で聞いてくる。
「どう?」
「別に。なにも」
「やっぱりインターホンが鳴らなきゃかな。六時になったら鳴るかしら」
ワクワクが隠しきれていないように彼女は笑う。ノックは本気で悩んでるだろうに、この人はほんとにもう。
お茶を持ってきてくれたノックが笑いながら言った。
「いやー大山はまだしも星野をここに呼ぶことになるとは夢にも思ってなかったわー」
「ごめんね押しかけちゃって」
「ぜんぜん!」
「ねえ野久保くん、インターホンは突然始まったんだよね? 心霊スポット行ったとか、そういうことはないの?」
「まさか! 俺そういう不謹慎な遊びしないから!」
慌てて首を振るノックに少し笑った。その不謹慎な遊びをする奴が目の前にいるぞ。
星野さんは特に気にしてないようで、考え込むように腕を組む。
「ううん、じゃあなんだろうね?」
「本当突然始まって……俺も何が何だかだよ」
出されたお茶を少し飲む。まあ、そういうパターンも多くある。霊の方だって好みがあるから、ただすれ違った人間についてきてしまうことは珍しくないのだ。つかれた本人は迷惑極まりないが。
「ちなみにだけど、そのインターホンに出たことはないのよね?」
「当たり前だよ、出れないよそんなの!」
「そうだよね……」
星野さんは黙り込む。僕はちらりと時計を眺めた。もうすでに五時四十分を指している。ノックも時刻を見ると、急にソワソワと落ち着かなくなった。それもそうだ、もう少ししたらあの音が鳴るかもしれない。
星野さんがその様子に気づき、いつものトーンで冷静に僕に言った。
「大山くんはドアスコープから見てみたら」
「!?」
「野久保くんと私は画面見てるから。ね?」
星野さんが言いたいことはわかる、僕は視える人間なので、直接見て何かいるか確かめてあげなよって言ってるんだ。それでも僕だけそんな仕事を押し付けられて文句を言いたくなったが、ノックが期待した目で見てきたので言い返せなかった。
「わ、わかった、見てみるだけ……」
三人で誰がというわけでもなく立ち上がった。星野さんは力強く、ノックは不安げに、僕は力なく、だ。
部屋は差し込む夕焼けの赤さもだいぶ暗くなってきていて、ノックが電気をつけた。しっかりカーテンを閉めておく。
みんなが定位置についていく。ノックたちはインターホンのカメラ前に立ったので、仕方なしに自分はそこから離れて玄関へ向かっていく。短い廊下なのですぐに二人の姿は見えるのだが、それでも一人だけ違う空間に移動したのは不安を煽いだ。
全員暗黙の了解で声を出さずに時間が過ぎる。僕は靴を履いて壁にもたれていた。いっそ何も鳴らないでいてくれれば。ノックには悪いがそう願ってしまう。
ポケットに入れておいたスマホを眺めた。もう五時は終わろうとしていた。
(来るか……? でも、今のところ何も感じないんだけどな……)
そう首を傾げた時だ。
部屋に無機質で高い音が響き渡る。
ピンポー…ン
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