第31話 聞かれてしまった
来た。本当に鳴った!
不思議な現象を目の当たりにし、ノックはしばし興奮したらしい。
ドアスコープ越しには、何もなく、人影すら見えなかったからだ。
こりゃ怖い。まあ、インターホンの故障だろうけど、みんなに話したらウケるぞ絶対。一時間ごとに鳴るインターホン、無人なのに……よくある展開だが、実際体験するとやけに気持ち悪い。
そのまましばらく覗き続けたが、あちら側には何も見えることなく時間だけが過ぎた。これは間違いなくインターホンの故障だ。それにしてもドキドキしたな、目の前に誰もいないのにインターホンが鳴った瞬間といったら!
ノックは元々幽霊だとか怪奇現象だとか信じないタイプだったらしいので、楽観的にそう考えて終わったらしい。ノックらしいといえばノックらしい。彼はいい話のネタができた、程度に考えて風呂に入っていった。
ちなみに一時間ごとのインターホンは、零時以降は鳴らなくなったらしかった。
「……で。どうしたの?」
僕は聞き返した。今の話の流れなら、彼が寝不足になる原因はなかった。変なことはあったけど、ノックの中では故障と結論づけて、その後はインターホンも鳴らなかったんだから。
ノックは力なく僕に笑い返した。
「翌日大家に連絡したら、すぐに新しいのに取り替えてくれたんだ」
「あ、それはよかったね……」
「はは、わかるっしょ?
取り替えたのに、まだあの無人チャイムが続くんだよ」
覚悟はしていた。多分、そういうオチなんだろうな、と。
僕は黙って返事に迷う。故障ではない、では悪戯? 一時間ごとピッタリにドアスコープにもカメラにも見えないようにインターホンを鳴らす悪戯なんてあるんだろうか?
ノックは言う。
「一日中鳴ってるわけじゃないんだよ。昼間とか夕方とか、突然鳴り始める。そこから一時間ごとに日付が変わるまでなり続けるんだ」
「そ、それは不思議だね……」
「一度外から見ていてやろうと思って、うちの玄関が見える場所で待ってたこともあるんだけど」
「そしたら?」
「誰の姿も見えなかった。でも家に帰ると、インターホンが鳴らされた記録だけ残ってた」
ぞわっと体に寒気が走った。僕は顔を歪める。それって、もう間違いなく……。
ノックははあとため息をついた。
「故障じゃないならやっぱりそういうこと? でも俺そんな体験今までしたことないし。どうしていいか分かんなくて。ネットで調べて盛り塩? とかしてみたんだけど効果ないし」
「ううん……」
「色々悩んでたら寝れなくなってきて……」
多分、霊障なんて存在を信じていなかった人間が目の当たりにすると、かなり戸惑うと思う。ノックがそれだ。僕は子供の頃から経験してるけど、この年まで何も体験しなければ信じられないのは仕方ない。
僕は腕を組んで考え込む。さて、どうしたものか。ノックは僕が視える人間だなんて知らないし、そもそも僕は祓うとかたいそうなことは出来ないし……
「面白い話してるのね」
突然背後からそんな声が聞こえて二人で振り返った。制服を着て髪をポニーテールにしている星野さんが、いつのまにかそこに立っていたのだ。
しまった! 聞かれてしまった! 僕は絶望して首を振った。
ノックは知らないが最強のオカルトマニアの変人だ、こんなの彼女が興味を持たないわけがないんだ。一番聞かれたくない相手だった。
普段あまり人と絡まない星野さんが話しかけてきたことにノックは驚いたようだ、少し狼狽えて答えた。
「あ、星野、聞いてたの?」
「ごめんね、近くにいたら聞こえちゃって」
(嘘つけ、絶対耳澄まして聞いてたろ)
星野さんはノックにすすっと近づく。そして僕と彼を交互に見て笑った。
「すごく困ってるみたいだし、大山くん、一緒に見にいってあげない?」
「え」
「力になれるか分からないけど……ひとりで悩むよりいいんじゃない?」
星野さんの提案に、ノックは驚きながらも喜んだ。表情を緩ませて笑顔になる。
「え、いいの!?」
「うん。ね、大山くん?」
首を傾げて僕に問いかける人形みたいなその顔を、少しだけ恨めしく見てやった。
いや、彼女の言うことは間違ってない。友達が悩んでるなら一緒に解決してあげたいし、ノックだって現に喜んでいる。
でもわかってるんだ……星野さんは親切心を出したということより、不思議な現象の起こるアパートを見に行きたくてしょうがないだけってこと。
取り憑かれたい彼女は今日も通常運転だ。
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