第35話 一言
やっぱりそうだ。
家に人がいることがバレたんだ。
今までノックは返事をせず居留守を使っていた。でもさっきの声が外に漏れてしまったんだろう。そのせいで、あちら側に気づかれてしまった!
背後からノックの悲鳴が上がった。もうバレてしまった手前それを止める必要はなかった。僕はただ、この状況をどうすればいいのか危機感でいっぱいだった。あまり良くない頭を必死に回転させて対応を考える。
僕はうまく行けば霊を睨みつけて怯ませることはできる。でも残念ながら相手は画面越し、しかも複数いるとなればそれは適用できない可能性が高い。
「大山くん、野久保くん? ねえ、何が起こ」
「ベランダだ! ベランダから降りよう!」
ノックが突然そう叫んだ。驚きで振り向くと、彼の顔は恐怖で埋め尽くされていて、もう我を失っているように見えた。
「ここにいちゃ危ない、入られるかも! 二階ならなんとかなる、逃げようベランダから!!」
「あ、ちょっとノック!」
僕が制するのも聞かずに彼はベランダに向かって飛び出した。完全に冷静さを欠いている。だが、確かにこのまま部屋にこもっているのも危険だとは思った。二階から逃げた方がいいのだろうか、下にせめて布団でも落として衝撃を和らげた方が……
ノックがベランダへのガラス戸を勢いよく開けた。外はやはり、もうほとんど暗くなっていた。彼は血走った目でこちらを振り返る。
「いくぞ大山、星野!!」
「ま、待って、せめて何か下に落としてから……」
僕は慌てて彼に駆け寄った。すでにベランダに出て、手すりに足をかけている状態だ。かなり興奮した状態で飛び降りて大丈夫なのだろうか、という心配からノックの肩に手をかけて止める。だがその瞬間、手すりの下にあるものを見て、自分の全身は停止した。
喪服を着た多くの人々が、下からこちらを見上げていた。表情なく、青い顔をしてじっと見つめている。何十人という男女が、ノックを待ち構えているかのように微動だにせずならんでいるその様は、異様という他なんと表せばいいのか。
いくつもの目に見つめられ、僕は本気で命の危機を感じた。ああ、待ってる。この人たち、下でノックを待っているんだ。
このまま行ってはだめだ!
「〜〜の、ノック! 待って!!」
そう声を振り絞って彼の体を引こうとするも、ノックは下の光景に気がついていないのだろうか。無我夢中で飛び降りようと、もう体半分を外へ出している状況だった。全力で彼を止めてるつもりでも、もしかしたら僕も恐怖から力が入ってないのだろうか。もうそれすら自分で分からない。
あ、だめだ。そう覚悟した。
すると隣から白い腕が出てきた。星野さんの腕だった。彼女はノックの首元を容赦なく掴むと、苦しんだ彼の一瞬の隙を狙って思い切りこちらに引っ張った。飛び降りる寸前だったノックは背後に倒れ込んでくる。僕はそれに巻き込まれる形で彼と地面に強く転がり込んだ。
頭を思い切りぶつける。強い衝撃が後頭部から伝わり痛みで顔を歪めた。目の前がチカチカし、次にぼんやり視界が薄れるのを感じた。
けれど最後の瞬間、視界に部屋の内部が映った。そこには、あの喪服の老婆が立っていた。彼女は無表情で僕らを見下ろしたあと、一言だけ言葉を発した。
次に意識が戻ったのは、星野さんの強い呼びかけによるものだった。
もう真っ暗になったベランダで僕とノックは二人、大の字で倒れ込んでいた。どうやらノックを引いた時の衝撃で二人とも頭を強く打ったのか、しばらく気絶していたらしい。
目が覚めた時には星野さんのきょとんとした顔。ノックは目が覚めた後もしばらく興奮していたようだが、時計を見てそれも冷静になった。時刻は七時ちょうど。本来ならインターホンが鳴る時刻なのだが、機械はうんともすんとも言わなかったのだ。
とりあえず謎の訪問者が消え、そして来なくなったことにノックは安心し喜んだ。星野さんに限っては「野久保くんなんで飛び降りようとしたの、パニックだったの?」なんてヘンテコな質問を投げかけて、本当に何も感じていなかったんだと呆れた。
だが喜んでいる最中、ノックの体の異変に気がついた。足が酷く腫れて痛みがあることで病院へ行ったところ、骨折していることが判明した。
ノックはベランダで転んだ時にそうなったんだ、と思っているようだった。本当にそうなのか、それともあの不思議な喪服の人々が関係しているのかはわからない。
ノックはそのまま入院することになった。
さすがに彼の両親もこっちまで出てきて、入院の手続きなどをしてくれたようだ。ノックのお母さんが着替えなどを病院に持っていくために後日、あの部屋に入ったらしい。
でもインターホンのランプはついていなかった。そして、鳴ることもなかったそうだ。
ノックはあの現象が終わったことに本当に安堵して、僕と星野さんにお礼を言った。
でも、僕は知っている。最後ベランダで気を失う瞬間、部屋にまで入ってきたあの老婆が一言言った言葉をしっかり聞いていた。
『違った』
多分、ノックを見て言っていた。だからあれ以降霊障がピッタリ止んだのも納得している。
彼女たちは違う人を探してインターホンを鳴らし続けていたんだ。誰を探しているのか、なぜ探しているのか、探してどうするつもりなのか分からない。
ただきっと、今でも長い列を作って歩きながらインターホンを押しているんだ……と思うと、
僕は迂闊にモニターを見れなくなった。
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