第2話 辛党にも限度がある
二人でサンドイッチを頼み終える。女子と向かい合って二人でご飯なんて経験ほとんどない自分は何を話していいのかよくわからず焦る。しかもこんな真っ黒な怖い顔じゃ見ることすらできない。でも星野さんは気にしていないのか、鈴のような声で話だした。
「行ってきたの。心霊スポット」
突然の本題にコーヒーを吹き出しそうになる。真っ黒な顔はどんな表情をしているのかわからない。
「昨日の夜。近くにある廃墟しらない? でるって噂がすごいの」
「ぼ、僕最近引っ越してきたから……」
「そっか。なんかね、前の住民は発狂した息子が両親と妹を皆殺しにして自殺もしちゃったっていう噂の廃墟なの。私が小さな頃からあるから古い廃墟なのよ」
「そんなとこ……友達とノリでも行っちゃだめだよ、よくな」
「一人で行ったの」
コーヒーを飲もうと手を出しかけて止まった。思っても見ない台詞だ。唖然として彼女の顔を見てみたが、やっぱり黒い塊があるのみで顔は見えないから目を伏せた。喉を潤すためにコーヒーに手を伸ばす。
「ひ、ひとりって」
「私ね、取り憑かれるのが夢なの」
うっとりとした声で彼女が言ったのでついコーヒーを吹き出してしまった。慌ててペーパーでそれを拭き取る。星野さんは楽しそうに笑い声を上げた。
なんて言った、今? 取り憑かれることが夢だって?
ノックが言った「星野に話しかけるなんて勇者じゃん」の発言がようやく分かった気がする。思った以上に変人で、やばい子だ。取り憑かれたくて一人で心霊スポットに行く女子がどこにいる!
僕は何も答えられなかった。今まで霊達とは関わらないように生きてきた、でもこの真っ黒な顔を見て、星野さんのピンチだと思って声をかけたのに。まさかそれを本人が望んでいたとは。
「だから暇があればそういう場所に行ったり物を貰ったりしてるの。最高の趣味なの」
「それはその、素敵なご趣味で」
「でも前に有名な占い師さんに見てもらったらね。私ってすごく鈍感なんですって。だから多分取り憑かれてもわからないんじゃないかって言われて」
そうですね、気づいてないんですもんね今の状況に。そう言いかけて止まる。
果たして顔のこと、言ったほうがいいのだろうか? そうなると僕がそういう能力があるんだって知られるし、本人は喜ぶだけじゃないのか。でもこのまま放っておいたら……
「それで大山くん。あなたはなんで分かったの、私が心霊スポットに行ってきたって。もしかして視える人?」
嬉しそうな声が聞こえてきた。僕は黙り込む。しまった、どうしよう。どうすればいいんだこれ。
そんな時ちょうどサンドイッチが運ばれてきた。確かに値段のわりにボリュームがあって美味しそうなものだ。僕は誤魔化すようにそれに手を伸ばす。
すると正面に座る彼女は食べるより先に、ポケットから何かを取り出した。唐辛子だった。小さな缶に入ったそれを、サンドイッチのパンを一枚持ち上げると中にふんだんにかけだす。それは赤い山ができるほどで、僕はつい手を止めてそれを見つめた。
そんな僕に気づいたのか、星野さんは小さく笑って言った。
「辛党でね。ポケットにはいつもこれ、あとこれもおやつに」
そう言って取り出したのは袋に入った鷹の爪だった。もう言葉をなくす。
やばい。すごいやばい変人に関わってしまった。取り憑かれることが夢で心霊スポット巡りが趣味で、おやつに鷹の爪齧るような女の子。……とんでもない人間がいたもんだ。
「それで大山くん。あなたは何が見えてるの?」
「い、いやあ、見えてるわけじゃないんですけどー」
「嘘。私にはわかるよ、絶対大山くん何か見えてる。だってずっと私の顔見ようとしない」
キッパリと言われた言葉に黙り込んだ。最もだ、自分から心霊スポットに行きましたかなんて話しかけておいて、今更しらばっくれるのは無理があると自分でも思う。
(でもこれ……憑かれてる、っていうのか? 教えたらこの子喜ぶんじゃ……言わないほうがいいのか、言ったほうがいいのか……)
多分一般的に憑かれている、というのは、髪の長い女の人が背後にいるとかそういうことをいうんであって、顔が真っ黒に塗られる状況は憑かれてるでいいのだろうか? 本人の危機には変わりないだろうけども。
唐辛子を挟んだサンドイッチを、星野さんは頬張る。顔は見えないが美味しそうだとなんとなく伝わった。僕はとりあえず無難なことを言っておくことにする。
「視えるっていうか、オーラを感じる、みたいな……星野さんからは嫌な感じはするけど、憑かれてるかどうかはわかんないなあ……でも、あんまりよくないとは思うよ」
「へえ、すごいのね! ふうん、オーラか。憑かれてるわけじゃないのかなあ。やっぱりこれのせいかしら」
そう言った星野さんは、一旦サンドイッチをお皿に戻し持っていた鞄を漁った。何かを取り出した瞬間、僕の身体中の毛穴がぶわっと開いた。髪の毛が逆立っているのではないのかと思う。
彼女が取り出したのは一つの櫛だった。年季の入っていそうな木製のもの。半月型をしたそれからは、びっくりするくらい嫌なものを感じ取れた。僕は大袈裟ではなく震え上がりながら非難する。
「ななな、何それ! そんなすごいもの持ってたの!?」
「え? すごいの、これ? 廃墟の中にあるドレッサーから貰ってきたの。かわいいなって思って」
目の前が真っ白になった。心霊スポットに行くだけではなく、そこから物を持ち帰ってくる、しかも櫛。櫛ってほら、女の人の大事な髪をとくものだから念が篭りやすいっていうじゃないか、言わないの?
鳥肌が立っている腕をさすりながらキョトンとしている星野さんにキツく言った。
「それ! それダメだから、返した方がいい!」
「え? せっかく憑かれるかもって期待したんだけど」
「憑かれるっていうか死ぬかも! 死にたいの? もしかして自殺願望でもあるの!?」
「え、死ぬのは嫌よ」
アッサリ言い切った彼女にもう何を返していいか分からなかった。死にたくないのになんで取り憑かれたいんだ、この人分かってるのかな、死人相手は本当に恐ろしいってこと。
呆然としている僕を前に、星野さんは何度か頷いて見せた。
「そうなの、死ぬくらいヤバいものなの。コレクションに加えたいんだけど我慢して返そうかな」
(どんなコレクションが死んでも聞きたくない)
「じゃあ今から返しに行こうっと。大山くん来てくれるよね?」
「…………
えっっ!!!」
思っても見ない台詞に声が裏返る。本人は決定事項、とばかりにサンドイッチに噛み付いていた。黒い塊にサンドイッチが近づき小さくなって返ってくる。不思議な光景だった。
「嬉しい。誰かとああいうところ行ったことないの、みんなついてきてくれなくて」
「いや、僕はだって」
「オーラだけでも感じる大山くんがいてくれるならワクワクしちゃう。ここは私に奢らせてね」
断る隙は与えてもらえなかった。この子に話しかけた時点で、こうなる運命だったのだろうか。黒い顔を無視できなかった自分が悪いのだろうか。だがしかし、こんな真っ黒になるほど危ない場所に女の子一人で再び行かせるというのも気が引ける。彼女に何かあれば後味悪い。
美味しいサンドイッチはまるで喉を通らなくなってしまった。そんな僕を他所に星野さんはぺろりと完食し、宣言通り食後のおやつとして鷹の爪をかじって僕をさらにドン引きさせた。
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