第50話 怪盗コキア誕生 怪盗コキア
翌日のお昼すぎに、警視庁捜査三課宛に大きな荷物が届いた。中を確認した窓口からの話では、絵画だという。
試しに受信機を確認するとヒットした。
「課長、盗まれた絵が戻ってきました」
駿河は『魚座の涙』を玉置課長に見せた。
「どういうことだ。なぜ盗まれたものが返ってくる」
玉置課長の問いは、そのまま浜松と駿河の問いでもあった。
「もしかしたら、発信機が付いていることに気づいて慌てて返した、とか」
駿河は可能性のひとつを述べてみた。
「だが、発信機なんて受信機がなければ見つけるなんてまずできないぞ」
浜松の言葉はもっともだ。発信機は受信機がなければ意味をなさない。となると考えられるのは。
「もしかして、ですが。これ、偽物ってことはないですかね」
「偽物、だと」
玉置課長が語気を強めた。
「ええーっ。この絵が偽物ですって。そんな馬鹿な話がありますか。これほどの完成度を誇る作品が偽物のはずがありませんよ。宇喜多だって流通経路を明かさないってことは、盗まれたコレクションの一枚で間違いないですって」
「だが、偽物なら返してきた理由はわからないでもないな。だが、
「義統でも区別がつかないほどの偽物ってことですか。となると犯人はよほど本物に精通した人物でなければならない。たとえば描いた本人とか、絵を見慣れている人物とか」
「それって、義統のお母さんとお父さんってことですよね。いやいや、ふたりとも死んでいるのは戸籍でも確認できますし。そもそもふたりが死んで義統はコレクションを手にしたんですよ。それなのに死んでいないなんて、できるはずがありません」
「ということは、義統くんよりも絵画の眼力がある犯人だったということになるが」
「そんな人物っているんですかね。だって義統
駿河は半信半疑だ。
「いっそ義統くんを犯人にしてはどうかな」
玉置課長は口を挟んだ。
「義統くんを犯人、ですか。確かに絵を盗まれたときに高山邸にいましたが。彼は強盗犯を二名確保しているので、窃盗団の仲間ではないと思うのですが」
「まあ義統くんが盗まれて、義統くんが奪い取って、義統くんが返してきた。というのはどう考えてもまともな思考ではないな。明らかに理屈が噛み合っていない」
玉置課長はそう結論づけた。
仮に忍が犯人だったとして、自分の絵を使って警察と遊んでいるような状況になってしまう。捕まるリスクを考えればあまりにも無駄が多すぎる。
「鑑識に指紋などの採取を頼んで、鑑定が終わったら
浜松と駿河はすぐに『魚座の涙』を鑑識に持ち込んだ。
◇◇◇
「というわけで、この絵からは
浜松は駿河とともに高山西南邸を訪れていた。
先ほど忍へも声をかけたので、授業後にでもやってくるだろう。
「それで高山さん。あのとんぶり野郎に心当たりはありませんか」
「とんぶり野郎、ですか」
「怪盗のことですよ。三課では怪盗コキアと命名して統一したいんですけど、おやっさんがとんぶり野郎と言い出しまして」
「そういうことですか。確かにコキアはホウキギのことで、ホウキギはとんぶりを採取できますからね」
「よくご存じで。そんなにとんぶりって有名なんですね」
「別名、畑のキャビアと言いますからね。一度食べてみるといいですよ。おそらくキャビアよりも生臭さがないぶん食べやすいと思いますから」
高山西南は事もなげに言った。
なぜ
それだけ忍の意気込みは尋常ではない。だからこそ、いずれすべての絵を窃盗団から取り戻すチャンスも得られる。
「それで、三課の玉置課長の話では、この絵は偽物ではないか、ということでした」
「どういうことですか」
「怪盗がせっかく盗んだものを返してくるということは、本物ではなかったということの証ではないか、と」
「私にはこれ以上ない名画だと思いますが」
「僕もそう思います。この絵はなんと言っても佇まいがいいです」
その言葉尻を浜松が捕らえた。
「お前、それがわかるくらい絵の勉強をしてきたのか」
「それはまだまだですけど」
高山西南はくすくすと笑っている。
「
「やはりこの絵の真贋を見分けられるのは義統くんしかいませんな。私はてっきり彼がとんぶり野郎だと思っていたんですよ。でも課長からそれでは筋が通らないと言われましてね。本来の所有者は義統くんですし、それを盗み出して、さらに警察に返却までするのは理に適っていないのだと」
「確かに理屈に合いませんよね。怪盗コキアが真贋を見誤ったのか、あえて奪わずに私に預けたのか。そのあたりがこの事件を解決するヒントになるかもしれません」
話し込んでいるうちに、駿河のスマートフォンに忍から連絡が入った。
「義統は今授業が終わったらしいです。そのままここへやってくると。とりあえず怪盗コキアじゃないか、とかまをかけてみましょうか」
「それでバレるのならとても怪盗とは思えんな」
「確かに。まあノリでそうだと言いそうな方ですけどね、義統さんって」
「あいつもシャレが通じますからね。けっこう好きなんですよ、そういうの」
奪われた名画はこうして高山西南のもとへと戻ってきた。
忍はそれを確認するために高山西南邸を目指している。
怪盗が再び現れるのは、数か月先の話であった。
─了─
(第八章&本編完結です)
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最後までお読みいただきまして誠にありがとうございました。
本作は「第9回カクヨムWeb小説コンテスト」長編エンタメ総合部門応募作です。
面白かったと感じられましたら、ハート評価や★評価、フォローなどしていただけますと、来年には続編を書きたいと存じます。
数少ない怪盗ものを楽しんでお読みいただけたのでしたら嬉しいかぎりです。
怪盗コキア〜魚座の涙 カイ艦長 @sstmix
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