第49話 怪盗コキア誕生 名画強奪

 邸内が再び暗闇に包まれると、しのぶは右目を開けて駿河するがに当て身をして気絶させた。

 そして『魚座の涙』の額に付いている発信機や集音マイクにつながる電池を抜いて、書斎の目につかない場所へ絵を隠した。その後いくらか細工を施す。

 そして自らも倒されたふうを装って、駿河の隣に倒れ込んだ。そしてスマートウォッチから合図を送って明かりを復帰させた。


「駿河、よしむねくん、だいじょうぶか」

 ドタドタと音を立てながらはままつ刑事とたかやま西せいなんが書斎へ降りてきた。

 すると書斎へ入った高山西南は『魚座の涙』がないことに気づいた。

「絵が奪われている。いつの間に」


「義統くん、しっかりするんだ。さすがに不意を突かれたか。まさか二段階で盗みに来るとは想定もしていなかった。二階のやつらは注意を惹きつけるためのおとりだったとは」

 忍はさも今意識を取り戻したかのように目を開けた。


「おお、義統くん、だいじょうぶかね。まさか強盗犯二名を捕まえた君までやられてしまうとは」

 頭を軽く振って、意識を集中させるふりをする。

「さすがに怪盗といったところですね。まさか僕が倒されるとは思いませんでした」


「格闘術の達人なのか。その怪盗ってやつは。顔は見ているかい」

「いえ、真っ暗になったと思った直後にやられましたので。駿河なら見ているかもしれません。駿河は」

「君と同じく床に眠っているよ。義統くんがすぐに意識を取り戻したのに、いつまで寝ているんだか」


 そろそろ駿河の意識を取り戻さないといけないか。

 倒れている駿河を床に座らせて、背筋に膝を当てたら両肩を一気に手前に引いた。気合いを入れたのである。

 その甲斐あって、駿河は意識を取り戻した。


「おやっさん、義統。僕は。あ、そゔだ。絵は。絵は無事か」

 『魚座の涙』が掲げられていた壁を見たが、当然のように絵はそこにはなかった。

「またか。なぜこうも簡単に奪われてしまうんだ、僕は」

「駿河、意識を失うまでのことを憶えているか」

 浜松が尋ねている。


「最初の停電があって、義統がここに来た。そしておやっさんが二階の犯人を運んでいるスキを突かれて再び停電になった。そこから先はまったく憶えていません」

「ずいぶんときっぱり言うものだな、駿河。まあどこの馬の骨ともわからぬ闇バイトの連中よりかは格闘術には長けているんだろうな」


「ということは、やはり怪盗が現れたんですか」


 浜松は絵が掲げられていた壁の下になにかを見つけた。

「これは。木の枝、か。赤く色づいた枝。ちょうど今義統くんが着ているスーツの色に近い。これは侵入経路を特定するのに役立つかもしれんな」

 拾い上げた浜松は、枝を注意深く確認する。


「それはコキアですね。うちの植栽には使っていませんが」

 高山西南が頭を捻っている。


「コキアっていうと、ホウキギのことか。だが、なぜこれがここに」

 やはりなにか犯人を示す遺留品の可能性が高い。

「ということは、犯人のアジトからここまでの間で拾ったものか。もしくはわれわれに対するメッセージなのか」

 駿河はみぞおちを撫でながら立ち上がった。


「この枝の色味は濃い赤というか赤茶けているように見えますね」

「何色かわかりますか、義統さん」

 高山西南からの問いかけだ。


「もし怪盗の遺留品なら、おそらくはわれわれに対するメッセージが含まれているんだろうけど。そういえば昔、母から聞いたことがあります。コキアの濃い赤は、古色の深い緋色に染まるのだそうです。そして深い緋色を昔は深緋こきあけと呼んだのだと」


「深緋ですか。ということは深緋のコキアということになりますね。ダブルミーニングとしてコキアと呼んでほしいという犯人の自己主張のようにも感じられます」

 高山西南の言葉に、その場にいた誰もが意識した。

「怪盗コキア」。新たな時代の盗賊の呼び名だ。


「駿河、今はコキアのことは忘れろ。受信機の反応をたどって絵を追跡するぞ。それでは高山さん、われわれは追跡に入ります。手に入れ次第ご連絡を差し上げますので、連絡がとれるようにしておいてください。駿河、いつまでもノビていないで、怪盗を追うぞ」

「はい、おやっさん」


 浜松と駿河、そして警官たちは全員高山邸を後にした。ずいぶんと慌ただしい。


 警察がいなくなってから、高山西南に声をかけられた。

「あの短時間でどうやって絵を外へ運び出したのですか」

「なに、簡単なことです。絵自体はここにありますから」

 書斎の書棚の隙間に隠しておいた『魚座の涙』を取り出した。


「そんな、受信機ではこの部屋になかったはずですが」

「発信機自体はいくらでも売られていますからね」

 そう言って忍はポケットの中に収めた電池を見せる。

「そして発信機も電源が供給されなければ自己主張する手段を失います」

「ということは、別の発信機を持っている人が警察を煙に巻くために動いているのですか」

 高山西南は想像以上に用意周到な忍を畏怖する気持ちが芽生えた。


「この絵はこれから私が持ち出して、適当なところで電池を入れておきます。そして警察へ郵送して押収してから、またここへ戻ってくるでしょう。これで窃盗団も怪盗が返した絵だから、きっと偽物に違いないと思い込みます。そうすればもう二度とこの絵を盗まれる心配はなくなるでしょう」


 深く頷いた高山西南は、感心しきりだ。

「おかげさまで、これで安心して絵を鑑賞できます。本物だけでなく模写まで頂いてしまって本当によろしいのですか」

「はい、私の拙い模写を回収できて、より優れた模写を母の作だと見てくれれば、私としても納得できますからね」


「怪盗って、慈善事業もするんですね」

「まあ誰もがウインウインでなければ成り立たない職業ではありますね」

「警察と美術窃盗団以外は、ですね」

「そのとおりです」

 忍は満面の笑みを浮かべた。




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