第9話 黄泉のものを、食うべからず。
「君はまだ存在が安定していないからね。飲めば少しは楽になるよ」
黙り込む雛を見て、促すように獣飼いは言う。隣の桐子は普通にお茶をすすっている。
雛は湯飲みに手を伸ばそうか迷った末に――正座している自分の膝の上できゅっとこぶしを握りしめた。
獣飼いは小さく息を吐くと、話を進めることにしたようだった。
「それで、桐子ちゃんはどうして雛くんを連れ出したのかな?」
「骨獣探しを手伝ってもらおうと思ったのよ。『骨組堂』のお弟子さんかと思って!」
「なるほどね。でもそれなら形代さまや継喪さまを待ったほうがよかったんじゃないかな?」
「う……」
桐子は言葉に詰まると、雛のほうをちらちらとうかがいながら答えた。
「できればあの二人に頼るのは最終手段にしたくて……。ほら、やっぱりその……怖いし」
「……そっか」
「それで雛を連れてきてみたら、ここに来たばっかりの新入りだって言うじゃない? 早めに獣飼いさんに色々教えてもらったほうがいいかと思って!」
「あはは、信用してくれるのは嬉しいけれど、強引に連れてくるのはよくないかな」
獣飼いは乾いた笑い声を上げると、雛に向き直った。
「さっきも名乗ったけれど、僕は『獣飼い』と呼ばれていてね。名前通り、骨獣を飼っている者なんだ」
彼の言葉に雛は目を丸くする。
「骨獣を飼う? ペットにしてるってこと?」
「ああ、言い方が悪かったね。僕は、みんなが見つけた骨獣を保護して預かっているんだ」
「保護? 預かる?」
「形代さまたちが動かなくても自分の骨獣と出会える骨組人形はたまにいるんだよ。そういう子たちはそのまま黄泉の国に行く子もいるけど、うちに預かってほしいって持ち込んでくる子もいるんだ。それで、僕のことを世話役のように扱ってくれる子もいるというわけなんだ」
「え? 預かってほしいってなんで? 骨獣ってみんなほしがってるものじゃないの?」
単純に疑問に思った雛は首をかしげる。獣飼いは寂しそうな笑みを浮かべた。
「みんな、桐子ちゃんみたいに強い子ばかりじゃないからだよ」
含みのある言い方をする獣飼いに雛はさらに尋ねようとする。しかし、それを遮るように桐子は身を乗り出した。
「もう! 今はそれより教えておかなきゃいけないことがあるでしょ!」
「……そうだね。まずは骨獣がどんなものかを知っておくべきだ。桐子ちゃんも待ちきれないみたいだし」
当然よ! と桐子は鼻を鳴らす。獣飼いは苦笑いをした。
「ところで雛くんは骨獣についてどれぐらい知っているのかな」
「んー、骨組人形から欠けた未練で、それを取り戻すと黄泉の国に行けるってぐらい?」
「その通り。じゃあ、骨獣がどんなところにいるのかは?」
雛は首を横に振った。
「骨獣はこの黄泉平良坂のいたるところにいるんだ。それこそ、『根の国』の中から、『禊ぎ川』の近くまでね」
「ふーん、じゃあすぐに捕まえられそうだけど」
「そうもいかないんだよね」
獣飼いは小さく息を吐く。
「骨獣は基本的に、本体の人形からは逃げようとする習性があるんだ。なぜだと思う?」
「えっ、うーん……」
雛は腕を組んで考え込む。
骨獣は元々その人の魂の一部だ。それが逃げている? そんなことをしたらその人はいつまでも黄泉の国に行けないのに?
うんうんと首をひねる雛を微笑ましそうに見ながら獣飼いは続けた。
「骨獣は魂の未練、それも、とてもとても辛い記憶であることが多いんだ。辛くて悲しくて目を背けたい記憶。それを骨獣は持っているんだよ」
その説明でようやく雛は察した。
「つまり、骨獣は自分の本体に辛い記憶を思い出させたくなくて逃げ回ってる?」
「うん。いささかロマンティックな言い方だけど、その認識で合ってるよ」
雛の解釈を獣飼いは優しく肯定する。その穏やかな眼差しをむずがゆく思いながら、雛は指でほおをかいた。
「あんた、教えるのうまいよな。俺、これから全部あんたに教わりたいかも」
「ふふ。気持ちは分かるけど、それは僕が継喪さまに怒られてしまうから無理かな」
暗に形代と継喪の教え方が微妙なのは事実だと言いながら獣飼いはうそぶく。雛は疲れた目で嘆息した。
「今のを教わるだけで多分、継喪なら三回はけなしてきた」
「分かるよ。あの方は少し感情表現が独特だから……」
「――おや、随分と楽しそうな話をしていますね?」
突然背後からかけられた声。ほぼ同時に、継喪によって雛の頭は上からわしづかみにされた。
「痛い痛い痛い!」
指の力だけでギリギリと頭を締め付けられ、雛は悲鳴を上げる。いつの間にかやってきていた継喪は剣呑な目で獣飼いを見た。
「それもよりにもよってお前と比較されて負けるなんて本当に腹立たしいです」
「まあまあ、僕は継喪さまの足下にも及びませんよ」
「どうだか。腹の底では笑っているのでしょう?」
「まさか。でも、もう少し素直になさったほうが色々と円滑に進むとは思いますが」
「この……!」
器用にも笑顔で青筋を立てる継喪に、にこやかな獣飼い。先に折れたのは意外にも継喪のほうだった。
「まったく、俺にそんな口がきける人形はお前ぐらいなものですよ」
「ええ。何しろ僕は継喪さまにかわいがられている自覚がありますから」
「何を言ってるんですかこいつ」
正面から堂々と宣言する獣飼いに継喪はげんなりとした顔になり、雛の頭を握りしめる力をようやく緩める。解放された雛は継喪に食ってかかった。
「いったいなばか! 俺が何したって言うんだよ!」
「急にいなくなったのでどこぞへと迷子になってしまったのかと探してみれば、こんなところまで勝手に来ていたのはどこのどなたです?」
「それは……うん、ごめん……」
「ついでに俺に対してあることないこと生意気なことを言っているだなんて、俺は悲しいですよ、しくしく」
「それは事実じゃん」
「はあ……こんなに親愛を込めて指導しているというのに」
「痛い痛い痛い」
再びぎりぎりと継喪は雛の頭を握りしめる。
仲が良いようにも悪いようにも見える二人のやりとりを獣飼いはくすくすと笑っていた。
「ったく、すぐ暴力に頼るなよな」
抵抗の末にようやく解放され、雛はぶつぶつ言いながら頭をさする。
その時ふと、ここまで蚊帳の外だった桐子がいつの間にか部屋の隅まで避難していることに雛は気がついた。彼女はいつでもこの部屋から逃げられるよう身構えながら、警戒の目を継喪に向けている。
「ほら、ご覧なさい。あれが普通の人形の反応ですよ」
馬鹿にしたように鼻で笑いながら継喪は言い放つ。獣飼いは悲しそうな目をしながら桐子に話しかけた。
「大丈夫だよ、桐子ちゃん。怖いことなんて何もないから」
ゆっくりと言い聞かせるように告げられ、桐子はおそるおそる雛の近くに戻ってきた。継喪は不愉快そうに鼻を鳴らした。
「まったく。俺は、お前たち骨組人形の生みの親であり血肉のようなものですよ。そこまで嫌われると悲しいを通り越してあきれますね」
「……ごめんなさい」
桐子は申し訳なさそうに目を伏せる。その態度にはまだ怯えがにじんでいた。
「まあまあ、桐子ちゃんは自分の骨獣を探してほしくて雛くんを連れて行ったのだそうですよ」
「へえ、骨組人形にしては良い心がけですね。だけど俺と形代さまを頼るのは怖かったと」
びくりと桐子は肩を震わせる。継喪はそんな彼女を冷たく見下ろした後、わざとらしくため息をついた。
「わかりました。では雛を貸し出しましょう。彼に『骨拾い』をしてもらいなさい」
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