第2話 胡散臭い男
「……
木々の間から姿を現したのは、真っ黒なスーツを身に纏った狐目の男だった。継喪と呼ばれた彼は袖で目元を押さえ、妙にうさんくさい泣き真似をしている。
「かわいそうに。放してあげましょう。それとも魂も足りないまま黄泉へと流してしまいますか?」
「……まだ間に合う」
「いいえ、間に合いませんよ。あなたもわかっているはず」
訳のわからない会話の末に、折れたのは
形代は川から離れると、地面に少年を放って解放した。
「いだっ、な、何するのさ!」
「下ろしてやった」
「もっと丁寧に下ろせよー!」
少年が子犬のようにぎゃんぎゃん噛みつくも、形代には一切響いていない。それがまた悔しくて、少年は唸った。
そんな様子を眺めて、継喪は口元に手を当てながらくすくすと笑う。
「ふふ、とても仲が良いようで」
形代は首をかしげた。
「俺たちは仲がいいのか」
「よくない!」
ほぼ同時に言う二人に継喪はさらに笑みを深くする。そんな彼をにらみつけながら、注意深く少年は立ち上がった。
「……なんなのさ、あんたら」
狐目の男は手を胸に当てて大げさな仕草で一礼した。
「俺は
そう言いながら継喪は形代を腕で示す。
「俺たちはこの
「よも……何?」
聞き覚えのない単語を出され、少年の頭の中は疑問符で満たされる。
この言い方だったらきっと地名なんだろうけれど……。
首をひねる少年に、さくさくと白い河原を踏みしめながら継喪は近づいてくる。
「さて、アナタはどこから来たどなたですか?」
「俺は……」
少年は少しためらい、ちらりと形代を見たあとに口を開いた。あいつは名乗るなって言ってたけど……まあいいか。
「俺は、
形代は不機嫌そうに目を細めた。
「曖昧だな」
「う、うるさいー! わからないんだから仕方ないだろー!」
「その方が良い」
「な、何がいいんだよ!」
何の説明もない端的な言葉に雛は思わず噛みついてしまう。そんな二人の間に継喪は割って入った。
「まあまあ。流される前は何を?」
「……
たまおくり。
その言葉をきっかけに、ぼんやりとしていた記憶が少しだけ鮮明になる。
自分の名前は雛。都会の高校に通っていた。
ここに来る前に向かっていたのは、上名木家の管理する深い洞窟。足下には清らかな水が流れ、ぞっとするほど冷たい空気が満ちた場所。その奥にあるらしい
この、大切な人形を携えて。
「ふむなるほど」
継喪はひとり納得するような声を上げると、雛が大事そうに抱えていた人形をひょいっと上から奪い取った。
「失礼」
「あっ」
腕の中から人形が消えたことに気づき、雛は継喪に手を伸ばす。
「か、返せよ!」
「少し見たら返しますよ」
高い位置で人形をあらためる継喪の手には背の低い雛は届かない。何度かジャンプをして奪い返そうと試みたがすべて失敗に終わり、拗ねたような顔で雛は引き下がった。
「ふむふむ、祭礼用の人形ですね」
「……早く返せよ」
「ええ、もう少しお待ちなさい」
「うるさい早くー!」
地団駄を踏んで返すように主張するも、継喪にはまるで響いていない。雛は情けない気分になってきてうつむいた。
「お願いだから返せよ、俺の大切なものなんだよ……」
思った以上に弱り果てた声が雛の口から漏れる。継喪はそんな雛を見下ろして片眉を跳ね上げた。
「ええ、そのようですね。お返ししますよ」
雛は下ろされた人形を奪い返し、継喪から素早く距離を取る。ほとんど子猫が威嚇しているような動きだ。継喪は面白いものを見る目でそんな雛を見ていた。
「もう取ったりしませんよ」
「うるさい。わからないだろ」
「信用がありませんね。悲しいです。しくしく」
「わざとらしい……」
目元に手を持っていき泣き真似をする継喪に、雛はさらに警戒を強めて距離を取る。
そんな二人を遮ったのは形代の一言だった。
「継喪」
「……ええ。申し訳ありません。彼で遊ぶのはこれぐらいにしましょうか」
咎めるような声色に継喪は肩をすくめた。
「雛、あなたは亡くなられたご両親の魂をその人形に乗せて黄泉の国に送ろうとした。大方、祭礼として川に流そうとしたのでしょう」
まるで見てきたかのように言う継喪に、サイレイって何だろうと足りない知識を総動員しようとしたが、言い当てられて驚いているとでも判断したのか継喪は涼しい顔で付け加えた。
「こうした流し雛の風習はままあることですから」
いまいちわからない単語を継喪は口にするが、よくあることなのだということだけは理解できた。そして、改めて指摘されたせいか芽生えてきた心細さに雛は少し目を伏せ、人形を抱く腕にぎゅっと力を込める。
「……父さんと母さんが事故で死んで、お葬式をするってなって……俺の家に伝わる魂送りをすることになったんだ。父さんたちの魂が迷子にならないように、息子の俺がちゃんと黄泉の国に導くって……」
「ふむふむ。それがなぜあなたが流れてくる事態に?」
「うっ……」
雛は言葉に詰まる。
しばしの沈黙。それを破ったのは形代の端的な一言だった。
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