第3話 骨拾い
「流すための川にお前が落ちたのか」
また沈黙。雛は徐々にうつむき、その顔は赤く染まっていった。
やがてガバッと顔を上げると、雛は二人に噛みつく。
「そうだよ悪いかよ。なんで落ちたかは覚えてないけど、魂送り中に水に落ちて流されて、気づいたらここにいたんだよ!」
情けない自分の失態を大声で告白させられ、雛の目元には羞恥からじわりと涙が浮かぶ。
形代はぽつりと言った。
「愚鈍だな」
「ぐど……?」
「それほどの粗忽者でよくその年まで生き長らえたものだ」
「そこつ……?」
語彙力の乏しい頭ではすぐに理解できず、雛はしばし頭をひねる。
やがて一つの結論に至った雛は形代を指さした。
「わかった。俺のことバカにしてるんだろ。そうやって難しい言葉ばっかり使って」
「馬鹿にしたつもりはないが」
「うるさい。絶対にバカにした」
唇をとがらせて決めつける雛にとぼけた顔の形代。
のれんに腕押しのそのやりとりに、継喪は再びくすくすと笑い出した。
「そっちも笑うなよ」
「笑っていませんよ、ふふふ」
「笑ってるだろ!」
今度は継喪に噛みつくもこちらにも一切響いた様子はない。
やがて、継喪はしたり顔で何度もうなずいた。
「あなたの事情はわかりました。すぐにでも対処してあげたいところなのですが……その前にひとつ片付けたい仕事がありまして」
「対処してほしいとか言ってないけど……」
「ですが困っているのでしょう?」
「ぐ」
図星を突かれ、雛は何も言えなくなる。
「さっきも言った通り、俺たちの生業はこの地に淀んでしまった魂を導くこと。『骨拾い』と俺たちは呼んでいます」
「魂を導くとかファンタジーすぎる……」
「おや、雛も魂送りをしていたのでは?」
「俺のはただのお祭りみたいなものだよ。そういう風にやりなさいって家の人たちに言われただけだし……」
そうやって言葉にしてみると、はっきりと思い出してくる光景がある。
両親の名前が書かれた人形。一族の名前も知らない奴らに囲まれ、飾り付けられ、人形を託される自分。
これを、黄泉に送らなければならない。訳の分からない現状でもそれだけははっきりと分かり、言い知れのない焦燥が雛を焼く。
「父さんたちがこんなことになるまで、魂とか本当にあると思ってなかったんだよ。……でも、もし本当にあるなら、ちゃんと迷子にならないようにあの世に送ってあげたいって、そう思っただけで」
「なるほどなるほど。あなたの身の上話はあとにしましょうか」
「……聞いたのはそっちなのに」
「ええ、ええ。そうですね」
子供の癇癪を聞き流すような雑な扱いで継喪は雛の言葉を流して、ふと空に目を向ける。
「……ああ、いましたね」
何かを見つけた継喪は、生い茂る木々のうちのひとつを指さした。
「雛、あちらを」
「え?」
「魂は存在しますよ。ほら、そこにも」
彼が指さした先には、一羽の小鳥が枝に止まっていた。大きさは雀ほどだが、その姿は――全身が骨だけで構築されている。
「えっ、鳥の標本が……骨だけなのに、飛んでる?」
常識ではありえない存在に、雛は口をぽかんと開ける。一方、形代はそんな鳥に腕を伸ばしたところだった。
「来い」
鳥に対して呼びかける形代。しかし鳥はそんな形代を拒絶するように一鳴きすると、枝から飛び立ってしまった。
その後ろ姿を剣呑ににらみつける形代に対し、継喪は面白そうに笑っている。
「ふふふ、少々お転婆ですね」
「え、なんなのさ、あの骨の鳥?」
混乱しながらも尋ねる雛を、継喪は見下ろす。
「骨拾いと言ったでしょう。あの動物こそが俺たちの呼ぶ『骨』であり、この地に留まってしまった魂の欠片というやつなのですよ」
「魂って……」
「ここは黄泉平良坂。あの世とこの世の境目ですからね」
雛はきょとんと目を丸くし、それから混乱で瞳を揺らした。
「え、あの世って……俺、死んだってこと?」
「さあどうでしょう。どちらにも行けない状態であることは確かですが」
含みのあることを言いながら継喪はまた笑う。その様子が腹立たしくて、雛は顔をしかめた。
「それより、先にあの骨をなんとかしてしまいましょうか。……泥よ、ここへ」
継喪が手をかざすと、まるで引き寄せられるかのように地面がせり上がり、小さな泥の箱が現れた。
箱は棺桶のようにゆっくりと蓋を開き、その内側に隠していた存在をあらわにさせる。
そこに入っていたのは、和服を着た少女の人形だった。その大きさはちょうど人間と同じぐらいで、目はかたく閉じられている。
人ではなく人形だと断じた理由は、その腹部に空いていた大きな穴だった。少女の着物の前ははだけられ、つるりとした無機質な胸の下にぽっかりとした空洞がある。
空洞の中を覗いても内臓は見当たらなかったが、骨格は存在しているようだ。白い骨がちらほらと視認できる。だけど、どうしてか「足りない」という印象が強い。
……一番大切なパーツが欠けている。雛には不思議と、少女の人形がそういった類いのものに見えた。
「骨組人形はこちらに。もうあまり時間はありませんよ」
「わかっている」
形代は短く答えると、離れた枝に留まった小鳥に再び手を伸ばして語りかけた。
「骨よ、あるべき場所へ戻れ」
形代と小鳥の視線が交わる。形代は小鳥が留まりやすいように指を丸めてなおも促した。
「もう時間はない。現世に戻るすべもない。無事に黄泉へと渡りたいならば今だぞ」
小鳥は動かない。形代はさらに言葉を連ねた。
「それとも……取り戻せないまま喪われてもいいのか。失ってきたものも、得てきたものも、お前の持つ全てを」
憂いを吐き出すように告げられた言葉。小鳥はためらうように枝の上で数度首をかしげると、大きく羽ばたいて空へと飛び立った。向かう先は、雛たちが立っている地面だ。
しかし、小鳥が降りてこようとしている先は形代の指ではなかった。
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