第4話 「視」る
「えっ」
小鳥が、自分に向かって飛んできている。雛がそう気づいた瞬間には、小鳥と雛の距離はもう幾ばくもなかった。
――避けられない。咄嗟に動かない体で雛は目を閉じることもできずに、その接近を見つめる。そのまま小鳥は、一直線に雛の顔へと飛来し――
「――っ!?」
チカッと点滅する視界。青色の光。
一瞬だけ見えたのは、今立っている森とは異なる室内の様子だった。
*
妙齢の女性と一人の少女。
少女は、継喪が泥から出した人形と同じ見た目をしている。
二人がいるのは、畳の部屋。足下には広げられた色とりどりの和服。
嬉しそうに、だけど気恥ずかしそうに二人は話し合っている。
母娘なのだろうか。
場所は変わる。
婚礼の風景。
だけどそこに母の姿はない。
幼い花嫁は、母の着物を纏い、遠く離れた地へと嫁いでいく――
*
再びきらめいたまばゆい青の光とともに、雛の意識は元通りの森の中へと戻ってきた。混乱する雛の頭には小鳥がちょこんと座って毛繕いをしている。
「なに、今の……?」
「おや、何か視えたのですか?」
「ん……うん、和室に女の人と女の子がいて……?」
困惑しながらも素直に答える雛の頭の上で、小鳥は数度跳ねてから飛び立つ。形代はそんな小鳥に指を差し出した。
「こちらだ。お前の未練を見せてみろ」
小鳥は数度はばたくと、今度は素直に形代の指に留まる。形代はそれをそっと受け止めると、小鳥と額を合わせて目を閉じた。
「――婚礼、母、着物――」
ぽつぽつとつぶやく形代に、ふと雛は気づく。
もしかして、さっき自分が見た光景を形代も……?
その問いに答える者がないまま、形代は目を開いて泥の箱に入った少女人形に骨の小鳥を差し出した。
「骨組人形。お前の未練は――『母からの贈り物』」
その途端、小鳥を構成していた骨はほどけ、空洞だった少女人形の腹へと吸い込まれていった。
ガラス片のようにきらめきながら自壊した骨はあっというまに組み上がり、少女の体を構築していく。やがて、穴の開いていた少女の腹は、傷跡もなく綺麗に修復された。
あっけに取られて雛がそれを見ていると、少女のまぶたがぴくりと動く。そのまま目を開いた少女は、何かを納得したように息を吐き、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「ああ、そうか、私……」
少女は顔を覆って泣いていたが、不思議と悲しそうではなかった。
彼女は何かを取り戻したのだ。自分にとって一番大切な、何かを。
「私、ずっと後悔していた。母様に見送ってもらえなかったことを。もしかしたら、恨んでいたのかもしれない」
「ああ」
「でも、母様のことを思い出せて良かった。忘れたままなのは、きっと悲しかったから」
「そうか」
やけに大人びた口調で語る少女に、形代は感情を感じさせない声色で淡々と返事をする。
やがて泣き止んだ少女は深々と形代に頭を下げた。
「ありがとう、形代さま。これでやっとあちら側に逝けます」
「そうか」
「さようなら。あなたもいつか――」
最後まで言うことなく、少女の体は光の粒となっていく。やがてその全身が光となり、少女は消え失せた。
残されたのは一仕事終えた顔の継喪と無表情な形代、そして何もわかっていない雛だけだった。
「終わったの……?」
「ええ。無事、あの子の魂は黄泉の国に向かいましたよ。もう物も言えぬ状態でしたので、ギリギリ、というやつでした」
やれやれと言いながら、継喪は自らがせり上がらせた泥の箱を元通りに沈ませていく。
「俺たちは飛び散ってしまった魂の骨を拾い集め、こうして人の形に戻すことで魂を『黄泉の国』――あの世に送っているのですよ」
「あの世……」
ここが、この世とあの世の境目だという話を思い出し、雛は一気に気分が沈む。
自分がどうしてここに流れてきたのかはわからないが、彼らが言っているのは本当のことのように思える。だったら、自分はやっぱり――
「さて、あなたの話に戻りましょうか」
継喪は振り向くと、笑顔で雛が抱えている人形を指さした。
「あなたが後生大事に抱いているその人形。そちらにはあなたのご両親の魂は入っていませんよ」
「……えっ」
さらりと告げられた事実に、雛の思考はフリーズする。そんな雛に、継喪はたたみかけた。
「おそらく何らかの要因で魂が砕け、この地のどこかに散らばってしまったのでしょうね」
両親の魂が砕けている。この人形は抜け殻。
告げられたその二つの事実をゆっくりと飲み込み、雛はうつむいた。
「そんなこと急に言われても、俺、どうしたら……」
別に最初からこの人形に魂が宿っていると信じ切っていたわけじゃない。
だけど、もし本当に人形に魂が宿っていたのなら。そして、それが今迷子になっているのだとすれば。
「父さんたち、このままじゃあの世に行けないの……?」
弱々しくつぶやく雛。継喪はそんな彼の頭上から声をかけた。
「雛、提案があります」
途方に暮れた表情で雛は顔を上げる。継喪はいまいち真意が読めない表情でにこにこと笑っていた。
「あなたにはどうやら視る才能がある様子。どうです? その才能で俺たち二人の生業を手助けするというのは」
意外なことを言い出した継喪に、雛は思い返す。
「視るって……さっき小鳥とぶつかった時に見えた夢みたいなやつ?」
二人の女性が部屋にいる光景。
ぼんやりとしたイメージでしかなかったが、確かにどこかの情景が見えたことは確かだ。
継喪はうさんくさく笑んだまま答える。
「ええ。それはあの小鳥の持っていた未練の記憶です。未練を紐解くことができれば、魂は黄泉へと逝ける。あなたにはそれを視る才能があるのです」
「視る才能……」
才能だなんて言い方をされると、なんだか褒められた気分になって照れくさくなってしまう。まんざらでもない気持ちで雛は尋ねた。
「手助けってさ、今したみたいなことを俺もやるってこと?」
「あそこまでは求めませんよ。雛にお願いしたいのは雑用です」
「雑用ねえ……」
それならできるかもしれない。でも、会ったばっかりのこいつらを信じてもいいのか。
人形を抱いたまま考え込む雛に、継喪は言葉を重ねる。
「もし手伝ってくださるのなら、あなたのご両親の魂の行方を優先的にお探ししますよ」
継喪の言葉に雛は視線を泳がせると、まるで守るように人形を抱きしめた。
「魂が本当にあるのとか、正直まだ半信半疑だけど……」
一度言葉を切り、まっすぐに雛は継喪を見上げる。
「手伝えば、本当に父さんたちの魂をあの世に送ってくれるんだよね」
「もちろんです。今なら、それが終わったあとのあなたの処遇まできちんとお世話します」
にこにこと笑いながら告げる継喪に、雛は心を決めた。
「わかった。手伝う」
「ええ、ありがとうございます。とても、助かりますよ」
継喪は嬉しそうに目を細める。どこか不気味にも見えるその仕草に、雛は早速了承したことを後悔しはじめていた。
その時、ふと視線を感じて雛は振り向いた。
「……何にらんでるのさ」
そこには剣呑な目つきをした形代が、じっとこちらをにらみつける姿があった。
しばしにらみ合う二人。
先に目をそらしたのは形代のほうだった。
「何でもない」
そう言い残すと、サクサクと石を踏んで形代は去っていく。
突然喧嘩を売られたような気分になって、雛は憮然と唇を尖らせる。
「なんなのさ、あの人」
「ふふふ。形代さまはシャイというやつなのです」
「ふーん」
納得したようなしていないような気持ちで雛は形代の後ろ姿を見送る。
その視線を遮るように、継喪は雛に手を差し出した。
「さて、話も決まったことですし帰りましょうか。我らが『骨組堂』へ」
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