第二章 骨拾いのお役目
第5話 いざ『骨組堂』へ
名乗るべからず。
振り返るべからず。
答えるべからず。
黄泉のものを、食うべからず。
*
川から離れ、薄暗い森を歩きだす。前を歩いていたはずの形代の姿は、遙か先に行ってしまってもうない。
「なあ、『骨組堂』って何?」
「『骨組堂』とは俺たちが居を構えている屋敷のことです。黄泉に逝けず、困った人形たちがやってくる場所と考えればわかりやすいかと」
「ふーん、店みたいな?」
「性質的には役所に近いですがね」
そう言うと、継喪はなんだか疲れた雰囲気でため息をついた。意地悪な性格ではあるが、苦労人なのかもしれない。
「継喪、ここのこと、もっと教えてくれよ」
「構いませんよ。もう少し歩かなければ『骨組堂』のある『根の国』にはつきませんから」
継喪の言う通り、いくら歩いても同じような森が続くばかりで、目的地が見えてくる気配もない。早足で歩く彼に、雛は小走りで追いついた。
「あなたが流されてきたあの川は『
「『禊ぎ川』? よもつひ……とかも言ってたけど、なんか変な響きの地名ばっかりだよな」
雛が首をかしげていると、継喪はなぜか苦笑したようだった。
「ここは現世に存在する場所ではないのですから当たり前ですよ」
「存在しない?」
いまいち実感がない雛はあたりを見渡す。確かに不穏な雰囲気ではあるが、普通の森の風景だ。ただひとつ違和感があるとすれば、先ほどの骨の鳥以外、生き物の影が見えないということだが。
「ここは、この世とあの世の境界。迷える魂が吹きだまる場所なのです。ほら、本とかで見たことがありませんか? 異界というやつですよ」
「異世界? ……じゃあ魔法とかあるの!?」
若干年齢よりも幼稚な反応で目を輝かせる雛に、継喪は額を押さえて嘆息した。
「まあ似たようなものはあるにはありますがこの現代っ子が……」
「頭痛いのか? 大丈夫?」
「あなたのせいですよ。一昔前は神隠しと言えば通じたものですがね……まったく、これだから最近の若い魂は」
「なんかおじーちゃんみたいなこと言うんだな」
「誰がおじーちゃんですか誰が」
じとりとにらみつけてくる継喪に、雛はにひひと笑う。
「神隠しなら俺も知ってるよ。神様が子供を誘拐するやつでしょ」
「だから言い方が……」
「だったらさ! 継喪やさっきの形代ってやつは神様なのか?」
「あなたさては相当のマイペースですね? 人を苛つかせる才能がありますよ」
「えへへ……」
「褒めてません」
照れ笑いを浮かべる雛と、臓腑まで吐き出してしまいそうなほど深いため息を吐く継喪。
「才を見いだしたのが自分とはいえ、先が思いやられますね……」
「で、神様なの? 違うの?」
「少しは落ち着きを持ちなさいこのクソガキが!」
継喪の大きな手が雛の頭に乗せられ、そのまま指の力で握りしめられる。
「痛い痛い痛い!」
「つい先ほどまで子ネズミのように弱り果てていたから弱みにつけ込んであげようと……こほん、情けをかけてあげようと思ったらこれですか。俺は悲しいですよ、しくしく」
「今、何か言いかけただろ!」
「いいえ、何も」
「嘘つけこの腹黒おじーちゃん!」
「誰が腹黒おじーちゃんですか誰が」
「痛い痛い痛い痛い!」
漫才のような会話を繰り広げながら二人は森を進んでいく。いつの間にか周囲の風景は寒々しい印象から遠ざかり、鳥や虫の鳴き声も聞こえ始めていた。
「なんか普通の生き物もいるんだな、ここ」
あの時見た骨の鳥を思い出しながら雛は言う。継喪は片眉を上げてなんてことない風に答えた。
「かりそめのものですよ。生きてはいません」
「え?」
「それについて先ほどから説明しようとしているのですが……もういいです。勝手にしゃべりますから、ちゃんと聞いていてくださいね」
笑顔のまま継喪は圧をかけてくる。その裏に隠された怒りにさすがの雛も気づいて、こくこくと首を縦に振った。
「よろしい。まったく……これだからガキの相手は疲れるのです」
「俺、高校生だけど」
「嘘おっしゃい。高校生というやつは俺でも知ってますよ。アナタのようにガキで幼稚な高校生がいるわけないでしょう」
「嘘じゃねーし!」
「はいはい」
怒る雛を軽くいなし、継喪は話し始める。
「この地の名前は黄泉平良坂。実体はなく、魂と記憶のみが存在する異界なのです」
「……何一つわかんない。もっとわかりやすく言って」
「はぁ……要するに、ああして飛んでいる鳥やこの森は、魂たちの記憶が混ざり合って生まれたということですよ。記憶から生成されたデータが生きているように見せているとでも言えば現代っ子のあなたでも分かりますか」
「わかりやすい! これから全部それで言って!」
ようやく理解できる言語が出てきたとばかりに雛は目を輝かせる。
そうしているうちに二人は森を抜け、見渡す限りどこまでも続く竹林にやってきていた。
「うるさいです。そして、この黄泉平良坂は、この世とあの世をつなぐ通り道のようなものなのです」
「通り道? じゃあ死んだらみんなここに来るの?」
「普通は通り過ぎるだけです。アナタが流れてきた『禊ぎ川』は、魂を『黄泉の国』に押し流す役割があるのです」
「ふーん、排水溝みたいな?」
「考え得る限り最悪な例えをしますねアナタ。とにかく、本来魂は『禊ぎ川』に流されるまま『黄泉の国』に逝けるのです。ですが、そうもいかない魂もある」
二人の頭上を小鳥が数羽飛び去っていく。それを目で追いながら、ぽつりと雛は口を動かす。
「あの時の鳥……」
「その通り、あれは魂の未練――骨獣と呼ばれるものなのです。強い未練のある魂は川の流れに乗れず、魂の一部を取りこぼしてしまう」
雛はあの時、骨が欠けてしまっていた少女の人形を思いだした。
つまり、彼女は自分の未練が何かわからなくなってしまっていたということか。そして、それを取り戻せたから黄泉の国に行けた。あの時、雛が見たあの光景こそが、彼女にとっての未練だったのだろう。
「未練を見失い、欠けてしまった魂は『禊ぎ川』の川岸に打ち上げられるのです。ちょうど、あなたのように」
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