第7話 初めてのお客様
「……?」
その少年は柱の陰に半分隠れて、こちらに視線をよこしていた。
年齢は十歳ぐらいだろうか。服装は藍色の着物を細い帯で留めただけで、履き物は草履だ。全体的に質素な印象を受ける。
そんな彼は今、雛と継喪のことをじっと見つめていた。いや、見つめているというのは正確ではない。ほとんどにらみつけているに等しい、険しい目つきだ。
「なあ、継喪。なんかあいつ……」
少年を気にしながら雛が話しかけると、継喪は振り向くこともせずに冷淡に言い放った。
「気にするのはおやめなさい。よくあることです」
その言い方があまりに冷たく、雛はそれ以上深く聞くのを止める。
あの子、継喪のことが嫌いなのかな。でも、よくあることってどういうことだ?
釈然としない想いを抱えながらさらについていくと、とある建物の前で継喪は立ち止まった。
「つきましたよ」
継喪の声に視線を戻すと、目の前に建っていたのは大仰な雰囲気のある日本家屋だった。入り口は商店の店先のように開放されておりドアらしきものは見当たらない。梁にかけられた看板には大きく『骨組堂』と書かれていた。
「ここが『骨組堂』。俺と形代さまが居を構えている場所です」
招かれるままに骨組堂に入ると、まず広がっていたのは広い土間と、左右に並べられた無数の人形の部品だった。
人形といってももちろんただの人形ではない。外を歩く骨組人形たちと同じサイズ――つまり、原寸大の人間のパーツがまるでバラバラ死体のように棚に並べられている。
「なんか怖……」
「おやおや臆病なことで」
くすくすと笑いながら継喪は雛の肩に手を置く。
「怖がるのも無理はありません。ここにあるのは、様々な事情があって完成できなかった人形のパーツばかりなのですから」
「完成できなかったって……」
「いわば、死体の山ということです」
「ひぃっ!?」
耳元で囁かれた恐ろしい単語に、雛は縮み上がって悲鳴を上げる。継喪は心底おかしそうにまた笑った。
「ふふふふ、そんなに怯えずとも襲ってきたりはしませんよ。ほら、触ってみます?」
「人をおどかしてそんなに面白いかよー!」
「面白いですとも、ええ」
「性格悪ー……」
肩を落とす雛だったが、継喪は素知らぬ顔だ。
「さて。雛、あなたには覚えてもらわなければならないことがごまんとあります」
居住まいを正して切り出した継喪に、雛も少し姿勢を正す。継喪は指を立ててにこりと笑った。
「とりあえずその服を脱ぎましょうか」
雛はぱちくりと目をしばたかせたあと、一歩後ずさる。
「……もしかして変態の人?」
即座に継喪は雛の頬をつねりあげた。
「痛い痛い痛いっ」
「誰が変態ですか。『骨組堂』の一員としてふさわしい格好になってもらうだけですよ。ほら、その人形もこちらに」
雛は咄嗟に両親の人形をかばうような姿勢になった。手を差し出した姿勢のまま、継喪は苦笑する。
「もう取りませんよ」
「わかんないだろ」
警戒を強める雛に、継喪は嘆息した。
「……わかりました。それを常に身につけられるようなものを持ってきましょう。それでいいですね」
「それなら、まあ」
「はあやれやれ、子供の相手は疲れます。形代さまもお帰りになられているようですし、そちらもお世話して差し上げなければ」
しぶしぶ了承すると、継喪は仕方なさそうに言いながら骨組堂の奥に引っ込んでいった。きっとふさわしい服装とやらを取りに行ったのだろう。
悪い奴じゃなさそうだけど、なんかむかつくなあいつ。
人をいちいち小馬鹿にしてくるところさえなければもっと素直に信用できるのに。
そう思いながら、雛は膝ほどの高さがある玄関の框に腰掛ける。
見上げると存外に高い天井が視界に広がる。天井には特別な装飾が施されているわけではなかったが、梁が複雑に組み合わさって入り組んだ構造をしており、まるで迷路のようだ。
最初に出会ったあの形代ってやつはなんか別の意味でむかつくし……俺、ここでやっていけるのかな……。
一人になった途端ににじんできた不安から雛は俯く。その時、不意にかけられた言葉に、雛はびくりと肩を震わせた。
「――ねえ! あなた『骨組堂』の人?」
「うわっ」
顔を上げて思わずのけぞると、そこには一人の少女が立っていた。
年齢は自分と同じ十七歳ぐらいだろうか。身に纏っているのは薄い桃色の着物で、白い花が散った柄がついている。顔立ちは気が強そうで、身長も雛より高かった。
「『骨組堂』の人なの? 違うの?」
なぜか問い詰められる形で尋ねられ、雛は慌てて立ち上がった。
「一応、ここの人ではあるけど……」
「よかった! じゃあ私の骨を探すのを手伝って!」
「いや、でも俺はまだ来たばっかりっていうか、そもそも見習い未満っていうか!」
「見習いでもなんでもいいわ! ほら早く!」
言うが早いか、彼女は雛の腕を乱暴に掴んで、骨組堂の外に連れ出した。その勢いに人形を取り落としそうになり、慌てて人形を抱きしめる。
「ちょっ、と! せめてあいつらに一声かけてから!」
「私、
雛を引きずって歩きながら桐子と名乗った少女は尋ねてくる。雛は同じ年頃の女の子に腕力で負けている自分に愕然としながらなんとか体勢を立て直した。
「雛だよ。ひな祭りの雛」
「あら、かわいい名前ね! あなたにぴったりだわ!」
暗にかわいい見た目だと言われて雛はムッとする。褒め言葉だとはわかっていてもあまり良い気分はしない。現に今、純粋な腕力で負けているのだから、雛のなけなしの男としてのプライドは粉々になる寸前だった。
「かわいくないし……」
「謙遜しなくてもいいのに。あなたはかわいいわよ」
もしかしてこいつ、俺のことを女の子だと思って……?
ようやくそこに思い至ったが、反論する前に桐子はさっさと話を進めてしまった。
「さっきも言ったけど、あなたには私の骨獣を捕まえる手助けをしてほしいの」
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