第14話 交差する意志

 ヘレーネの父親、ユーラシア連盟の皇帝、聖アントニヌス・ピエダリウス・クリスタルが俺たちを案内した場所は神秘的な雰囲気の地下空間であった。


 水辺があり、そこには花々が咲いている。月明かりなのかうっすらと明るいが、まだ視界はハッキリとしない。


「聖アントニヌス陛下。先史文明とはどのような文明なのですか?」

「よい。教えてやろう」


 そこからヘレーネのお父さんから説明が始まった。


 そもそも元来地球には人は住んでいなかった。シリウスという恒星文明が戦争による核の炎で包まれた際、脱出用の惑星として月が第二の地球に送られた。


 月よりも遥かに人の住める土地である地球に月人は移住した。最初は月人を神として信仰する宗教などが現れた。そのような神話の時代なら、人々の争いはなかった。


 しかし、時が流れて武器が開発され、戦争のための技術が高まると、人々は無惨にも殺し合いを始めた。見かねた月人は何度も仏陀やイエス、ムハンマドなど、数々の使者を地球に送ったが、ついぞ争いは絶えなかった。


 そんな折、1945年、地球人はある罪を犯した。それは核兵器の戦略的利用である。旧シリウス文明が滅びた理由が正しく核兵器だった。それ故に月人は考えた。どうしたら核兵器はなくなるのか、と。科学技術の進歩によっていずれ核兵器は作られる。だが、どうしたら核兵器で犠牲者を出すのを阻止できるか。


「そこで、月人は地球と戦争をすることにしたのだ」


 ヘレーネのお父さんの説明は続く。


 地球と月が争えば、少なくともそれぞれの土地で核兵器が爆発することは無いだろう。それに迎撃兵器があれば核も宇宙空間で爆発させられる。だが、いつまでも戦争をするほど私たちは愚かでは無い。


 そこで聖アントニヌスが指したのは神秘的なゲートであった。


「あれは月と繋がっておる。今は失われた先史文明の技術だ」

「ワープってことですか?」

「その通り。優斗くんは察しがいいね」


 聖アントニヌス曰く、四人で月に向かうという。しかもその先が月においても秘密の場所だと言う。


「ルナ・ソフィア・ユニバース様。あなたのお母様がお待ちしているはずです」

「分かりました。ではゲートを潜りましょう」


 聖アントニヌス、俺、ヘレーネ、ソフィアの順でゲートを潜る。一瞬船酔いする感覚があったが、ゲートを越えると無事に平衡感覚を取り戻した。ゲートの先には祭壇がありそこには妖艶な美女が立っていた。その美女はどこかソフィアに似ていた。


「ようこそ皆様お越しくださいました。私は月の女王ルナ・ディアナ・ユニバースです」

「お久しぶりですね、ユニバース様」

「こちらこそお久しぶりですね、アントニヌス陛下」


 聖アントニヌスと月の女王の挨拶が終わると、月の女王の瞳は俺を見据えた。


「確かに真祖の血が流れています。これより世界永遠平和のために仕組まれた歴史を紐解きましょう」


 そう言って語り出したルナ・ディアナ・ユニバースは、みんなをある部屋へと案内した。


「ここがエデンの図書館と呼ばれている場所です。ここには全ての歴史が記されています。現時点では不明瞭、未解明の知識すら入っています。そして、この女王の権限がないと入れない部屋には」


 そう言って月の女王は、扉を開けて進む。そこには机と椅子があり、机の上に2冊だけ本が置かれていた。


「始まりの言葉『ソフィアノート』最後の言葉『ラスノート』。この2冊には全ての始まりと終わりが記載されています。 生き物がなぜ死ぬのか、神はいるのか、全て記されています」


 その時だった。


「手を上げろ!」


 急にヘレーネの父、聖アントニヌスは銃を取り出してディアナへ銃口を向けた。


「殺されたくなければ、俺の言う通りにしろ。真の王になるのは私だ!」

「お父さん! 何言ってるの!」

「ヘレーネ。これはお前のためを思ってやっているんだぞ。ヘレーネ、こっちに来なさい」

「お父さん、どうしたのよ!」


 ヘレーネはむしろ俺とソフィア、月の女王ディアナを守るように立った。銃口を向けられてなお依然としていられるヘレーネは勇敢でかっこよかった。


「ヘレーネ、私の言うことを聞きなさい。地球の真なる王になるのは私、そして、ヘレーネは優斗くんと結ばれる。大義名分を得た地球軍は月を今度こそ属国にする」

「聖アントニヌス! あなたは古からの契りを裏切るつもりですか」

「そうだ! 月人に何人地球人が殺されているか知っているか? 私の妻は、ヘレーネの母はな、火星旅行の際、ゲリラ戦に巻き込まれて死んでいるんだ。真実を知るために演技をしてきたが、その二冊さえ手に入ればこの世界は私のものだ」

「そうでしたか。聖アントニヌス。愚かですね。ですが実に人間的です。あなたには王たる資格はありません」


 パンッ!


 その時、アントニヌスは月の女王に向けて発砲した。だが、月の女王は軽く身を翻して避けてしまった。


「聖アントニヌス。あなたが裏切ることも知っていました。ですか、できれば四年前の事件から反省して欲しかった」

「四年前、まさか! お前は知っているのか」

「ええ、月の女王とは全知の印。なんでも知っています。だから、あなたのその銃が人を殺さないことも知っています」


 俺はふと四年前という言葉に気になった。四年前? それは両親が亡くなった年だ。すると月の女王は俺の方を見て告げた。


「酷ですが、聖アントニヌスの直属の部下が地球の真の王を聖アントニヌスにするために勝手に動き、貴方様のご両親を殺したのです」


 暗殺? 交通事故でって、言われて。あの秋の日、家に帰ったら誰もいなくて、なんで、なんで?


「事故じゃないんですか」

「はい。いずれ知ることになることになっていたので、今教えました。聖アントニヌス、銃を下ろしなさい。今ならまだ過去を償えます。月と地球の永世中立宣言、世界永遠平和宣言を成し遂げましょう」

「関係ない! 今私が月の女王たるルナ・ディアナ・ユニバース、月の姫ルナ・ソフィア・ユニバースを殺せば月も地球も私のもの。そうしたら戦争も無くなる」

「果たしてそうでしょうか」

「なんだって」

「聖アントニヌス様なら気づいて欲しかった。私が記憶を失わせた上でソフィアを地球へ送ったのは、全てこの日のためなのです。ですが、無理みたいですね」


 月の女王ディアナはペンダントを握ると、ペンダントが発光し、忽ちに聖アントニヌスの体の動きを縛る木の枝のようなものが地面から現れた。


「失われた先史文明の武器です。さぁ、ヘレーネ様、優斗様、そしてソフィア。今から世界永遠平和のための誓いの儀式を行いましょう」


 縛られる聖アントニヌスを無視して、俺らは月の女王の後に続いた。だが、俺は両親の新たな死因を聞き、内心それどころではなくなっていた。


「優斗、大丈夫ですか?」

「優斗には、私とソフィアがいるから」

「二人とも」


 俺は二人の瞳を見て、弱音を吐くのはやめようと思い奮い立った。そうだよな。お父さんとお母さんは帰ってこない。今、俺の隣にはヘレーネとソフィアがいる。俺は決意を新たにした。


「さぁ、三人とも、着いてきてください」


 俺は決意を込めた一歩を踏み出した。

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