第7話 姫の手料理

 今日は日曜日。遊ぶ予定はなく、実はソフィアの仮の戸籍を役所に作りに行くのだ。AIの普及した今、日本では土日祝も役所対応がある。そのため、ユーラシア連盟の圧力をかけて違法ではあるが無理やりソフィアの戸籍を作るそうだ。


 日本在住のユーラシア連盟の工作員夫婦の娘としたらしい。流石というかズルいよな。ありがたいけど。


 戸籍云々の手続きをしたらもう夕方になっていた。俺とヘレーネは家でただゲームをして待っていたが、なかなかにヘレーネは強かった。対戦ゲームは俺の負けばかりだった。


「日本のゲームは子供の頃からやってたのよ」とヘレーネは自慢げに話していた。


 ゲームの時間が終わり、ソフィアがそろそろ帰ってくる頃にヘレーネは突如言い出した。


「私、夕飯作る!」

「え、今まで通り出前でよくね?」

「いいの! 私が作りたいんだから」


 ソフィアが帰ってくるのは19時頃。いまは18時20分。丁度いい時間ではあるが、果たして箱入り娘のヘレーネに料理は出来るのだろうか。


「見てなさい。パパ絶賛のリゾット作ってあげるんだから」


 そう言って、何故か既に棚の中にストックされている小麦粉や玉ねぎに、冷蔵庫にあるバター、卵、牛乳などをドデカイキッチンの上に並べて、ヘレーネは料理を始めた。


「ヘレーネ、レシピ見なくていいの?」

「いいのよ、私料理上手いから」


 本当なのか半信半疑だが、せっかく作ってくれるのだからあまり指摘するのも良くないよな。俺はその間、高校の課題をリビングでしていた。


 ヘレーネは鼻歌を歌いながら料理を作っている。何度か様子を見に除いたが、黒焦げにはなってなさそうで、ひとまず安心した。


 キッチンからは美味しい乳製品系の香りがした。まぁ、バターや牛乳、小麦粉などが材料だし。


「あ! チーズがないわ!」


 突然ヘレーネが声を上げた。


「優斗! チーズがないから、今すぐ買ってきてくれる? コンビニでもスーパでも!」


 やはり具材の欠落があった。俺は仕方なくヘレーネに指示された通りチーズをコンビニに買いに出かけた。


 タワマンの最上階からエレベーターで降りる。その途中、37階で一人のおばさんが乗ってきた。気まずくて黙ってスマホを眺めていた。


 1階にエレベーターが着くと、俺は開けるボタンを押して「先どうぞ」とおばさんを先に行かせようとした。その時だった。


「藤原様、早くお子をお作りになって下さい」

「はい?」

「では」


 そう言っておばさんは去っていった。俺は少ししてはっとする。あのおばさんもヘレーネの父、聖アントニヌス・ピエダリウス・クリスタルのような預言者なのか?


 それともただの戯言か。


 だが、藤原様ってなんだよ。どうして俺の苗字を知っていたんだ?


 一瞬、呆然としてしまい、マンションから出るとおばさんは居なくなっていた。


 早く子どもを作れって、まるで俺のお父さんやおじいちゃんみたいじゃないか。早く子を作る? つまり、それってヘレーネかソフィアを抱くということだよな。


 高校生で妊娠なんて。と頭を常識が過ぎったが、今のタワマン生活こそ非常識な異常であることを鑑みる。


 もしかして、ヘレーネがあんなに積極的なのも、子どもを作るためなのか? お父さんの預言で、何か言われているのだろうか。


 とりあえず近くのコンビニでチーズを買いに行くことにした。


 帰り、タワマンのエレベーターで75階を目指している最中、先のおばさんの言葉が気になった。


 つまり、ヘレーネやソフィアと一線を超えていいということか? 今のところ2人とはキスをした段階。そこから体の関係になれ、ということだろうか。


 考えても仕方ないことなので、帰り際、ヘレーネにチーズを渡す際に尋ねた。


「ヘレーネ、これ、チーズ」

「ありがとう。もうすぐ出来るわ」

「なぁ、ヘレーネ。預言ってなんなんだ?」

「預言?」


 ヘレーネは俺が買ったチーズを鍋に入れながら眉をひそめていた。


「前に話した通りよ、私のパパができるわ。だけど、世の中には預言ができる人が少なからずいる」

「その預言って、神が教えるのか」

「分からない。けど、優斗が私の運命の人ってパパは言ってたから。そこは信じたい」

「運命の人、俺でいいのか?」

「構わないわ。私、優斗のこと好きよ」

「俺だってヘレーネのこと、好きだよ」


 調理中ではあったが、俺はヘレーネと見つめ合う。そして、どちらからとなく、キスをした。


『ピンポーン、ピンポーン』


「ソフィアが帰ってきたみたいね」

「そうだな。出てくる」


 玄関まで行くと、ヘレーネの使者はお辞儀をして去っていった。ソフィアに向かって言う。


「ソフィア、おかえり。ご飯にしよう」


 ヘレーネの作ったリゾットやスープはかなり美味かった。もっちりとした感触に、伸びるチーズ。三人で取り合って食べる久しぶりの手料理で満足した。


「ヘレーネ、美味いぞ」

「ありがとう」

「うん、美味い」

「ソフィアも、ありがとうね」


 明日は月曜日。学校が始まる。


「そうだ、言い忘れてたけど、明日からソフィアも私たちの学校に転入させることになったから」

「マジ?」

「ええ、そうよ」


 だから、やけに手続きに時間がかかっていたのか。ヘレーネに続いてソフィアの転入。俺の学園生活はもう変わり果ててしまった。いい意味でだが。俺は二人の美少女と関われる嬉しさと誇らしさでその夜あまり寝れなかった。


 すると、「コンコン」と部屋の扉をノックされた。「いいよ」と応えると、出てきたのはヘレーネだった。


「ねぇ、優斗。一緒に寝てもいい?」

「え、いいけど」

「ちょっとまってて」


 そう言うと何故かヘレーネは部屋を足早に出ていった。そして、巨大なジンベイザメの抱き枕を持ってきた。


「なにそれ」

「ジンベイザメのべぇちゃんです」


 その夜はジンベイザメのべぇちゃんこと抱き枕と僕の両方を抱き寄せようとするヘレーネに邪魔されながら、明日のことを考えてしまい、あまりよく眠れなかった。

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