第4話 名無しの少女

 家に着いて、俺はヘレーネと一緒に高そうな漆黒のソファに腰掛けた。そして、緊張を噛み締めながら会話を始める。


「ユーラシア連盟の姫って本当ですよね」

「そうですよ。本名はヘレーネ・ルイス・クリスタル。ヘレーネって呼んでくれてかまいません」

「そ、そうですか。分かりました、ヘレーネ様」

「はい。よろしくお願いします。ですが、何故優斗は敬語なのですか?」

「先程はタメ口など、低俗な言葉遣いをしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」


 まだ敬語なせいで会話がぎこちないが、俺としては敬語をやめたら不敬罪で捕まりそうな勢いなんだよな。なぜなら、世界の誰もが知る世界で一番大きな国、世界で一番人口を持つユーラシア連盟の姫なのだから。


 最初は流石に嘘だろと思って、全然言葉遣いに気を使っていなかった。だが、今になってやっとボディーガードの存在に気づいた。


 電車内やこのタワーマンションまでの道中、遠くからこちらを伺っているボディーガードたちがいた。ボディーガードたちは俺がヘレーネにタメ口を使う度に肩を震えさせていた。


 恐らくこの部屋も監視や盗聴されているに違いない。今では恐ろしくてタメ口など使える訳が無い。


「だから、どうして敬語なんですか。付き合っているのですし、タメ口でいいですよ」


 ヘレーネはそれでも俺にタメ口で話して欲しいという。


「なら、ヘレーネ様こそ敬語を使っていませんか?」

「敬語ではありません。これは丁寧語です。淑女としての嗜みで、それとこれとは別ですよ」

「それなら俺だって丁寧語を使いますよ」

「いえ、優斗さんにはタメ口を使って頂きたいです」


 話は平行線。一向に解決の糸口が見えない。そして、俺は立ち上がる。


「申し訳ないけど、ヘレーネとは付き合えない。ズルしたみたいだから」

「ズル......ですか?」

「ああ、だって、ユーラシア連盟の姫がただの日本人の男と付き合うだなんておかしな話だろ?」

「たとえ女神の思し召しでも?」

「え?」


 もしかして、ヘレーネもアフロディーテたちのことを知っているのか?


「ヘレーネも知ってるの?」

「私、アフロディーテに運命の人を教えて貰ったの。それがあなただったから日本に来たのよ」


 そうだったのか。ヘレーネも神の仕業という。つまり、俺はヘレーネと付き合うべき運命の人ってことか? でも、ズルはズルだよな。神頼みだからセーフなのか。


「なら、俺のこと好きなの?」

「はい。少なくとも優斗は私が今一番興味を持っている異性です」


 本当にこんな日が来るなんて。俺は今一度言う。


「ヘレーネ、本当に僕と付き合いたいの?」

「はい」

「なら、僕と付き合ってくれませんか」

「うーん。あの少女は何? 彼女なの?」


 やはりその話になるよな。薄々隠し通せないのは分かっていた。だが、事情が特別なだけに下手に説明しても疑われそうだ。


「ちゃんと事情を話すよ」


 俺はそれから、裏庭に不時着した帰還カプセルから出た帰還兵の少女の話や、記憶喪失だったし、勢いで告白してしまったことを話した。


「やっぱり、預言は絶対なのね。わかったわ! 優斗。その少女と付き合うのを許可する。ただし、第一妃は私ね。そこは譲らないから」


 予想外の返答が帰ってきた。だって二股だよ?

 いいの?

 普通に浮気でアウトじゃないの?

なんか、ヘレーネの持つ貞操観念がお父さんやおじいちゃんみたいな貞操観念なことに驚いてしまった。


「第一妃? 何の話だよ。それに預言って」

「あ、今の忘れて。とにかく、セカンドパートナーとして付き合っててもいいけど、私が正妻ね。いい?」

「わかったよ」

「ありがとう。そして、彼女の素性は今使者に調べさせてるから、安心して。今日はもうお風呂入って、ご飯食べて寝ましょう」


 なんだかヘレーネは不服そうだ。だが、そうだろう。運命の人だと思った相手に既にパートナーがいるだなんて。何してるんだか、俺は。


「優斗。何してるの。一緒に風呂に入るわよ」

「え、風呂も一緒なの?」

「そうよ。私たちは夫婦だから」


 まじかよ。てことは裸だよな。まじか! 控えめに言って最高じゃん!俺は急にドキドキしてきた。


「先入りなさいよ」


 ヘレーネに急かされる。俺は服を脱ぎ一物を手で隠しながらお風呂へとはいる。ヘレーネはまだ服を脱いでいないようだ。


 俺は先にシャワーを浴びてソープで体を洗い、シャンプーとリンスで髪を洗う。そして、豪華な三四人は入れそうな風呂に入る。


 するとヘレーネはおずおずと入ってきた。


 俺は目を逸らした。が、ヘレーネは「見てもいいわよ」と告げる。俺は薄目で見る。ヘレーネの胸はやはり大きかった。HかIはありそうな大きさに俺は歓喜しつつ、よく体育であれだけ動けるなと感心していた。


 そう言えばバスケの時、男子生徒は皆ヘレーネの乳揺れに集中してたな。俺もだけど。


 だが、ユーラシア連盟の姫が恋人。違和感もあるが嬉しいことこの上ない。


 思えば中学一年の時に両親を交通事故で亡くして以来、おじいちゃんから「血が途切れる!早く女を作れっ!男の子を産むためなら二股までならしてもいい!』なんて言われながら育てられてきた俺は、高校二年生の今まで言われた通り、好きな子に告白しまくったさ。


 そして、学年の女子の半数以上に告白して振られた俺のメンタルはズタボロだった。だが、それも昨日の帰還兵の少女とヘレーネが現れるまでのことだった。だからこそやはり疑ってしまうんだ。


 人生は好調で、上向き。だからこそ変なことで取り返しのつかないことのないようにしたい。つまり、油断大敵で、慎重に行きたいということだ。


 と思っていたらヘレーネが湯船に入ってきた。体には一枚白い布を当てて、程よく体を隠していた。が、その体の胸の辺りの膨らみは隠しきれていなかった。


「優斗。あの子もお風呂入るのよね」

「そうだな。後で声をかけよう。あの子の名前分かったのか?」

「それが、軍に問い合せた所、あんな少女はいないって。顔認証システムで誰とも一致しなかったのよ。この話は極秘だけど、恐らく」

「恐らく?」

「ごめんなさい。ここから先は話せないわ」

「なに、どうしてさ」

「ユーラシア連盟に伝わる預言に関わるからよ」

「預言?」

「そう。世間ではオカルトだなんて言われているけれどね」

「そうか。気になるけど、俺、先上がるから、彼女のこと呼んでくる」

「ねぇ、優斗。その前にあの子の名前を付けない? だって軍に問い合せても名前も出てこなかったし、本人は記憶喪失だし」

「うーん。じゃあ、アデル」

「ちょっと男っぽいかも」

「うーん。なら、ソフィアとか」

「悪くないわね。ええ。ソフィアにしましょう」


 こうして謎の少女の名はソフィアとなった。

 お風呂上がりに俺は、リビングでテレビを見ていたソフィアに告げる。


「ソフィア。今日から君の名前はソフィアになったよ」

「ソフィア。わかった。私の名前はソフィア」


 これから三人で暮らす生活の始まりに、俺はウキウキしていた。だが、ヘレーネのさっき言っていた預言について、まだ、不透明なところもある。だが、今のところは良好な関係を築けている。


 まぁ、気にしても仕方ないし、タワマンハーレム生活を謳歌するとするか!

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