第5話 ヘレーネの愛
俺はまだヘレーネの愛に半信半疑だ。アフロディーテが決めたからと言っても、もし俺がヘレーネにとって嫌な奴だったらヘレーネは不服だろう。俺は三美神の近くをたまたま通っただけで、ユーラシア連盟の姫と付き合うってのが違和感がある。
そんな懸念を抱きつつ、俺は部屋で高校の課題をしていた。するとノックされた。「いいよ」と応えると寝巻きに着替えたヘレーネが居た。
「ねぇ、話したいことが二つあるんだけど」
今はソフィアは入浴中。つまり、ソフィアには聞かれたくないことだろう。
「どうやら、あなたソフィアとキスしたらしいじゃない。私とも、その・・・・・・キス、しない?」
「え、いいけど、でも、いいの?」
「うん。優斗はソフィアとはしたのに私とはしてくれないの?」
「そうだけどさ。ヘレーネ。君と俺との縁がアフロディーテによるものだとしたら、君は洗脳されているみたいなもので、俺とキスしていいのか?」
「ええ、構わないわ。キスしない?」
そう言ってヘレーネは首を傾げる。こんなの我慢しろって言われても無理だ。
「俺もヘレーネとキスしたい。いい?」
「うん」
ヘレーネの唇は柔らかかった。体を寄せてキスをする。右手で彼女の左手を握り、長くキスをした。
この二日で、俺は二人の女性とキスをした。ファーストキスはソフィアと。セカンドキスはヘレーネと。
キスをした後の余韻の後、俺から口火を切った。
「で、もうひとつの話ってのは?」
「それなんだけど、実はね、アフロディーテなんて神様は実在しないの。ヘラもアテナも。みんなエキストラ」
「え、なんで。アフロディーテに言われて日本に来たんじゃなかったっけ」
「それは口実なの。本当のことを今から話すわよ」
「うん」
俺は緊張した。アフロディーテが嘘?
神様はいない?
なら、なぜ俺なんかにヘレーネが?
「私の一族には神からの言葉を預言する能力のある人が代々現れるの。それが私の父、聖アントニヌス・ピエダリウス・クリスタル。私の父が藤原優斗と付き合えと命じたの」
「そうだったのか。その預言って本当なの?」
「それが本当なのよ。私が生まれてから何度も大地震やハリケーンなどを預言して人々を救ってる」
正直、そういう力が世の中にあることは知っていた。というのも、俺のお父さんが不思議な能力のある人だったからだ。お父さんは「御神筆」という方法でよく占いをしていた。外れることも多かったけれど、お父さんは立派でそれなりに有名な人だった。
「そうなんだね。ヘレーネのお父さんにはきっと本当に預言する力があるんだろうね」
「うん。そうなの」
「ならさ、ソフィアのことはなにか言ってた?」
「恋敵が現れるが、仲良くしろって言われてる。だけど、優斗と結婚しろとも言われてるから、だから奪われたくなくて」
「あのさ、ヘレーネ。ヘレーネは俺のこと好きというけれど、それはお父さんが預言したからなんじゃないかな」
俺がずっと引っかかっていたことだ。アフロディーテだろうと、お父さんの預言だろうと、要は他の誰かが決めた相手だ。ヘレーネ自身の意見はその判断には含まれてはいない。
「ヘレーネ、応えてくれ。俺のことは好き?」
「好きよ、だって。でも、しょうがないじゃない。私、皇女だから、今まで男の人と話すことなんてなくて。しかも、外の世界に出るのもまだ怖いのよ。だから、せめてお父さんの預言は守ろうと思って」
俺は涙目になりつつあったヘレーネを抱き寄せた。ヘレーネはヘレーネなりに思うことがあるんだろう。俺は少し意地悪をしてしまった、と反省する。だけど、いっそうヘレーネへの思いが確かなものとなった気がした。
「優斗。もう1回キスしていい?」
「いいよ」
この夜、ヘレーネとした2回目のキスは、初めてよりもっと熱く甘く柔らかなものだった。
◇
風呂から出てきたソフィアと話す。俺とヘレーネはリビングのソファに腰掛けてソフィアを歓迎した。
「私の事何かわかりましたか?」
ソフィアがヘレーネに問いかける。
「それが全く分からないのよね。不思議なくらい」
「そうでしたか」
「ほんとに何も思い出せないの?」
「ええ、私がどこの誰かも分からないんです」
「それは困ったわね」
「とりあえず夕飯にしようか」
「あ、ピザデリバリーするから」
するとヘレーネが電話をして、ピザ屋さんに注文している。
「俺、マルゲリータがいい」
「了解〜」
ヘレーネは注文を終えるとスマホをしまった。
「まぁ、ソフィア。これからよろしくね。今日は私と優斗の出会い記念日ということでぱっとやろう!」
「いいね!」
「はい」
10分くらいでピザが家に届く。
「じゃあこれで」
ヘレーネが万札で支払う。俺は隣でピザを受け取った。
「ピザ来たぞ〜」
「やったわね!」
「はい。いい香りがします」
「テレビで音楽でも流しましょう!」
ヘレーネは何インチあるのか分からないけどとにかくでかいテレビを付けた。するとニュースがやっていた。そこにはヘレーネの父、アントニヌス・ピエダリウス・クリスタルが映っていた。ライブ映像で全国同時放映されているらしい。
「えー。今日はとても重大な預言を公開しに来た。世界に関わることだ。今の世界は後30日で滅びる。そして新世界が始まる。新世界は争いのない理想郷だ。我々クリスタル家の宿した預言の力はこの日のためにあったのだと確信している。30日後、世界は大きく変革する。皆のものはその心づもりをしていてくれ」
「陛下! 具体的になにが起きるのですか」
「それを言うことはできない。後30日で世界に革命が起こる。それだけしか伝えることは出来ない。では預言の公開は以上とする」
そう言ってヘレーネの父は取材陣の前から消えた。
「30日で世界が大きく変わるのか。本当なのか?」
「ええ、お父様がそういうのなら絶対だわ」
「何が起こるのかな」
ソフィアがヘレーネに問いかける。ヘレーネはさあと手をヒラヒラさせて答えた。
「お父様が今は言えないことなのよ。それにお父様の預言は絶対。間違いなく世界は大きく変わるわ。それより早くピザ食べましょう!」
「そうだな、冷めたらいけないし」
俺らはとりあえずヘレーネの父の預言のことは忘れてピザを食べ始めた。だが、この時の俺らは知ることは無い。世界の革命に俺達が大きく関わっているということに……。
◇
ピザを食べ終えると各々の部屋へと解散になった。俺が部屋で学校の課題をしていると部屋のドアがコンコンと鳴った。誰かが来たのだ。
俺はどうせヘレーネが遊びに来たのだろうと思ってドアを開けるとそこに居たのはソフィアだった。
「今忙しいですか?」
「いや、大丈夫だよ」
「そうでしたか。あの一つ相談がありまして」
「いいよ、入って」
「失礼します」
ソフィアを椅子に座らせ、俺はベッドに腰掛けた。
「私が優斗さんの家の裏庭に不時着した際のことを詳しく教えて欲しいです」
「そうは言ってもあまり答えられないぞ。あるとしたらソフィアはとても眠そうだったな。もしかしたら不時着の衝撃で頭を打って、それで記憶喪失になったのかもしれない」
「衝撃ですか」
「なにせ凄い音がしたからな」
俺は自殺しようとしていたことは隠すことにした。
「ありがとうございました。何かまた思い出したら教えてください」
「いいよ。任せてくれ」
「ありがとうございます。では失礼します」
そう言うとソフィアは去って行った。
コンコン。再びドアが鳴った。
「開いてるよ」
「失礼するわ」
今度はヘレーネだった。しかも枕を持っている。
「ソフィアと何話してたの?」
「不時着した時のこと教えて欲しいって」
「そう。それより今夜一緒に寝てもいいかしら」
「別に構わないが、いいのか?」
「ええ。優斗は運命の人だもの」
「そういえばお父さんの預言どうなるんだろうね。スマホで色々調べたけど世間は預言の事ばかりだよ」
「それはそうでしょうね。世界が30日の後に大きく変わるなんて言われたら都市伝説界隈が賑やかになりそうね」
「世界が終わる説もあるらしいよ。月軍が秘密兵器を使うだの、隕石が落ちるだの」
「月との戦争は関係ありそうね。まぁ考えてもしかたないし寝ましょう」
「それもそうだな。だけどまだ寝るには早くないか? まだ9時だよ」
「寝る子は育つのよ。知らなかった?」
「ごもっともです。じゃあ寝るか」
ヘレーネはベッドに腰掛けるとそのまま横になった。俺は恐る恐る隣で寝ることにした。
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