Frozen Princess's dream

めいき~

プロローグ

※豚屋最高責任者マルギル・ナターシャのお話




マルギルはそっと、手をかざした。


希望を啄むモノ、それが邪神としてのマルギルの字名だ。



でも、過去マルギルが一度も誰かを想わなかったなんて事もなく。



邪神の最長老に名を連ねる程度には、強大な力を持って尚。



「シュウザー…」



彼女の胸の内を占めている、そんな男の名を口にした。



小さな写真立てに入ったそれを、見つめては溜息をつく。



かつての、そうかつて幼いシュウザーが私を召喚した時。

私は木っ端のインプより小さい闇の欠片だった。



その頃、意識なんてものはなく。



「君の名は、マルギルだ」



初めて、そう呼ばれた時。

「邪悪の存在として、初めて人と契約。でも当時の私に出来る事なんて殆どなくて」


生き残った最古の邪神、私より強いものは数多居た。


「だが、地獄の日を生きのびたものは魔にも聖にも殆ど居ない」



こんな、私が最長老になる程度には。



私が、マルギル・ナターシャになったのはその地獄の日を起こした神。

エノが私に言った、お前に力をやろうと。



「報酬として、お前に力をやろう。邪神は金を喜ばない、お前が欲しているのは力だマルギル」



「私は、報酬を違える気はない。だが、ただのマルギルにそれを与えるのは器の問題もある。だから、お前をマルギル・ナターシャに改竄する」


その時、私はエノの顔を始めてみた。


優しい、そして悲しい顔をしていた。



机に飾っていた写真立てを左手でそっと伏せ、そして扉を見れば誰かがノックしていた。


「あいている、シュウザー」


ガチャリと扉が開き、愛しの男が入って来た。



「マルギル、書類をもってきたよ」


努めて優しく微笑むと、扉の横の机を指さしてそこに置いてくれと言った。


「失礼しました」


そういって、扉から出ていく男の目線で見送って。



「様々な事が、叶う事は判った。ならば、私の愛しの人としてもう一度彼の人生を買おう」



それは、マルギルの願い。



「少しは、負けてください」



もっとも…、この私をどうこう出来る存在など大路を始めとした自身と同格の邪神と屑神位だろうが。



「邪悪な神が、たった一人の人を愛していたなど…」





書類に落ちる涙が、シミをつくっていく。


変な笑いが僅かに洩れ、ぺきりと持っていた筆記具が真っ二つに折れた。



「押さえなさい、マルギル…」



自分にそう言い聞かせ、深呼吸する。



「見えない目標や夢を追いかけてる訳じゃないの」



恋愛とは想いや性格が先で、条件は後で見えてくる。

婚活とは条件が先で、性格等は後から見えてくる。


シュウザーは、病を治す薬を作っていた。

病と闘い、そして病に殺された。


「でも、私の場合は…。シュウザーと、二人で人間として暮らしたい」


走馬燈の様に、定期的にシュウザーとの思い出がよみがえる。



誰も邪魔されず、誰にも干渉されず。

ただ、幸せな時間を過ごしたい。


私の立場など放り出して、私の望みを叶えたい。




「値を払えるのなら、全てを与え叶えよう。それが、私の提示する報酬だマルギル」



働くか、働かぬかそれはお前が決めろ。

私が与えるのは、選択肢と報酬だけだマルギル。


屑神はそういった、あの闇の王はそう約束したのだ。



「その研鑽が、願いに届くなら私は必ず与えるとも」



マルギル・ナターシャに彼女がした時に、彼女はそう言ったのだ。



「邪悪な我が身を人に、愛するものと人として暮らしたい。その値は、幾らになりましょう」



震える事で、それを聞いた私。

それを聞いてゆっくりと頷く、屑神。



「それは、この値になる。特に、男に人生を与える方は今すぐにでも叶えてやれる。しかし、お前を人にし、同じ時を過ごし幸せに死ぬ。そこまでを、確約するとなると足りん」


溜めるか、叶えるか…。


悩んで、悩み抜いて…。



「溜めます、そのかわり必ず叶えて頂きます」


「いいだろう」



それを、希望に私は豚屋通販最高責任者の椅子に座っている。



「貴女の希望は、高すぎる…」



そういって、涙を拭いてまた書類に手をかけた。



手を伸ばしても、手を伸ばしても……。



「ゴールが見えているだけ、世の中の傷のなめ合いの寝言なんかより何倍も良いが」



(明日を作るのは、今の現実だよマルギル)



判っていますよ、そんな事は。


「判って…、いるん……」



腕輪を見れば、後数年も貯めれば届きそうな値が表示されていた。


嗚咽をかみ殺して、引き出しから新しい筆記具をだし。


「発作の様に出る、この想いは中々どうしてきついのよね」



そういって、書類を片付けていく…。



マルギルはもう一度机の上にあった、小さな写真立てをそっと起こすとその中にある写真を見た。


マルギルの魔法で撮った、幸せの時間の一枚。




これは、マルギルと少年の話。

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