第10話 弱い心

ただ、畏れ。それでも、毎日は過ぎていく。


幸せ過ぎるから、逆に恐怖を抱く。



「ねぇ、シュウザー」


「どうしたんだい、マルギル?」



もう、少年から青年になりかけているシュウザー。



相変わらず、マルギルはシュウザーの肩に座っていた。



雑踏が横を流れて、か細く声が消えて。



「ねぇ、シュウザー。もうすぐ、学年が上がるわね」


「あぁ、魔術の授業以外の授業も楽しいよ」



シュウザーは前を向いて歩きながら、マルギルに答える。



周りからは、相変わらずシュウザーの独り言に聞こえていたが。



「ボクはね、マルギル。いつか、君の姿が見える様にしたいんだ。これが、ボクの友達だって母さんや父さんに言いたいんだよ」



そういって、弾む声で言って。



「そう…、頑張って」


そういって、いつものようにマルギルが頬にキスをした。



「あぁ!」


少年は、何もわかっていなかった。


マルギルの想いと、自分の気持ちの差をこれぽっちも。



干渉する力の事は、忘れかけてしまう程。

お互いが別の理由で、必死に忘れてしまおうとする。




(しかし、運命はそれを許さない)



シュウザーの優しさに触れる度、自身が妖精でないことに苦しくなる。


二人の幸せな時間が進む度、人と悪魔の差が浮き出てくる。




マルギルの、瞳はシュウザーしか映していない。


マルギルが、肩に乗るのはシュウザーの横顔が近くて好きだから。




答えが出ない方程式を、人は一生懸命解く。

だが、悪魔もまた答えを求めて必死に方程式を組み立てる。




マルギルの真っ黒なレースのスカートが、ひらりとゆれて腰につけられた懐中時計が無慈悲に時を刻む。



マルギルは悪魔、その内勝手に欲望や負の感情を体が吸い込み始め。



(その時、私は妖精で居続けられない)



彼の知る、マルギルで居られないのだ。


その事実が、彼女を何よりマルギルを苦しめた。




腰に下げられた、懐中時計はずっとタイムリミットを刻み続ける。



でも、その事をマルギルはずっといわず。


醜く妖精でなくなったのなら、貴方の傍から消えようと。



「悪魔付というだけで、忌み嫌われるのが人の世なれば。私は貴方を想っているからこそ、貴方の傍に居ない方がいい」



(でも…、本当は)



「貴方の傍から消えたくないと、ずっとずっと願い続けている」



細い指で、シュウザーの首に掴まって。



マルギルは悲しく笑うが、その顔もシュウザーには見えない。


(だから、私はシュウザーの肩に座り続けている)



本当は横や前を飛び回りたい、本当は手を繋ぎたい。

本当は襟の所に入って、温まりたい。


それでも、自分にはそれは叶わないからマルギルは肩に座り続けている。

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