第9話 闇夜に描く

踏み込むのが怖くて、世があけるのも怖くて。


「この世で一番邪悪な悪魔が、人の成長の過程で醜くなる事を怖がるなんて可笑しな話よね…」



「そうだな…、随分と面白い悪魔がいたものだ」



ばっと、音を立てる様に勢いよく起きて周りを見渡すが誰もいない…。



「貴女は誰?」


「私か、私はそうだな…屑と名乗ろうか」



「屑さん?随分変わった名前なのね、声だけしか聞こえず姿は見えない様だけど」



「ふふ…、声だけを君に届けているからな。君が周りからは何も見えていない様に」



「貴女はストーカーか何か?」


「いや…、私の場合は知っているだけだ。私が忌み嫌う私の力の一つだよ」



姿が見えた方が良いなら、眼の前に姿をあらわすが…。


そういって、どこか優し気に話しかけて来た。



「姿を見せて頂戴、屑さんはシャイか何かかしら」


闇夜に現れたのは貫頭衣の幼女、桃色髪の三眼幼女だった。


大地につきそうな、長い髪をして貫頭衣に神乃屑と刺繍されていた。



「初めまして、マルギル。私が屑だ」


そういって、優しく笑った幼女。


でも、マルギルが感じるその力は闇のモノならば判る程凄まじい。



「貴女…、何者?」


マルギルは警戒する様に尋ねるが、屑と名乗った幼女は微笑むだけだ。




「そうやって、警戒されるのが苦手だから声だけで話かけたというのに」



そういって、眼の前にゆっくりと座り頬杖をついた。



「お前の呟きが闇夜にたまたま聞こえ、私は今ここに来たという訳さ」




(その瞳に映る幼女の姿と、力の桁が釣り合わない)


「私の、呟き?」


「お前の想い人が成長していくのが怖くて、明日が怖いなんて悪魔がいるなんてな」



「悪魔は力の信奉者で、やがて邪神に至り。人を食い物だと思っているとばかり思っていたから。人を愛して明日が怖くなるような悪魔がいたら驚くだろうよ」



「そういう事、そういう貴女は怖いモノとか無いのかしら」


そういって、苦笑するマルギル。



「私の怖いモノか…、お前とそう変わらぬよ」



(私も、愛したものが三体の眷属と言うだけ)


「あぁ、だから気になって覗きに来たという訳か。同じ変わり者を見つけて嬉しくなったとか?」



そうやって、マルギルが微笑めば。屑も、正解だと言わんばかりに頷いて笑う。


「もしも、本当にどうしようもなく。自分に何も出来ず、ただ嘆く苦しむようなことがあればこれを使うといい」



すっと、差し出されたのは茶色い無地の封筒。


「これは?」



「引換券だ、この一枚に込められた力を越えぬ願いならこれ一枚で幾つもの願いは叶うだろう。ただし、この引換券は使い捨てだ。正真正銘この一枚、この世の理にすら逆らう願いも叶えるだろうが。この一枚で、叶う事を越えてしまうと消えてしまう」



例え、願いが叶わずとも消えてしまうんだよ。込められた力が足りなければ、この引換券は。だから、本当に困った時だけにした方がいいだろうな。



「私と同じ様な考えを持つ、悪魔にプレゼントと言う訳だ。何かを言ったりする前に、引換券を行使すると言えば使えるぞ」


用事はそれだけだと、溶けて消える様に居なくなると屑と名乗ったそれの声すら聞こえなくなった。



残された、茶色い小汚い封筒を開けるとマルギルの体の中に虹色のチケットが溶けてはいっていく。



「あれは…、悪魔?邪神?神?どれでもないわね。悪魔や邪神が同じ邪神に理由なく親切にする訳はないし、神はもっと傲慢でいいかげんな連中だもの」



(それにしても、凄まじい力で私は拒否する言葉すら一言も言えなかった)

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