13. ヒビキの秘密
博士からのメールは長文だった。
メールというか、メッセージのようなもので、ヒビキの脳には博士からの「情報」がメール形式で届くようになっている仕組みだという。詳しい仕組みは僕にはわからなかったが、便利ではある。
ただ、このタイミングぴったりというのは偶然な気はしなかった。僕は「恐らく、博士は僕が彼女の記憶を復元したら、メールが送られるように仕組んでいた」と考えた。
その中身を、ノートPCに投影してもらう。
「ついにたどり着いたか、只見陽介くん。ただまあ、君はIT技術者だったな。それなら少し考えればたどり着くだろう、と思っていた」
いきなり拍子抜けするような書き方だったが。
「知っての通り、私が彼女、HR-V439を開発し、作り上げた張本人だが。実はその過程でとんでもない事実に気づき、焦ったのだ。だから、彼女の記憶が失われた時、私は正直、ホッとしたのだ」
何のことだろう。さっぱりわからない。続きを読む。
「昔からよく言われてきた事実だが、『人は神にはなれない』。それは傲慢で思い上がりもはなはだしいからだ」
抽象的な表現すぎて、何を言いたいのか、さっぱりわからなかった。というか、回りくどい。
「だが、私のほんの気まぐれから、偶然、生まれてしまったのだ。『神を越える存在』が」
神を越える存在。今度は随分と大袈裟だ。
「よく聞け。彼女には『生殖器がある』」
「はあ? 生殖器?」
いきなりすぎて、僕は変な声を上げていた。
「生殖器だぞ。これまで人工臓器という物はあったが、人工生殖器は存在しなかった。だが、完全に人に模して造ってみたんだ。そうしたらどうだ? 脳ばかりか、生殖器まで出来てしまった。本来、不要なものだ。だが、出来てしまった物は仕方がないし、これを活用しない手はない。そこで、君には、『彼女と性行為をして、子供が生まれるか実験して欲しい』と頼むつもりでいた」
なるほど。ようやくわかってきた。
何故、あの時、博士が妙に苦々しい表情をしていたのか。何故、母が言いにくそうにしていたのか。
すべて知っていたのだ。
つまり、これは恐らく博士と母が組んで、僕があまりにも結婚しないから、子供を造るために、アンドロイドを活用した「嘘」だと最初は思った。
だが、どうもこのメールの内容からして、嘘には思えなかった。
それにしても、軍事マニアのマッドサイエンティストかと思ったら、この爺さん、とんでもない物を作ってしまったらしい。
「好奇心は猫を殺す」とはよく言ったものだが、もし世間に公表されたら、大変なことになるだろう。
だからこそ、博士はこのAIアンドロイドを非売品にして、売るつもりはなかったのだろうと推測できた。
そして、文面はまだ続く。
「バカげているだろう? 嘘だと思うだろう? だが、どうやら本当らしい。もし、君がそのアンドロイドとの間に子を造ることに成功したら、『人類初』の快挙だぞ。人間とアンドロイドとの間に子供が生まれるのだ。ある意味、歴史に名を残せる」
そうかもしれないが、いきなりそう言われても、僕にはやはり彼女は、アンドロイドにしか見えない。
「この事実を知った時、さすがに
親心とは恐ろしい。
ということは、母は僕に「アンドロイドとの子を造れ」と暗示したというのか。
なんて、めちゃくちゃな理屈で、めちゃくちゃな母だ。
もしかしたら、こんなの全て博士の「はったり」かもしれない。何しろこれが本当だというエビデンス(証拠)はどこにもない。
いや、それがはったりかどうか、彼女の体で試してみるか? いやさすがにアンドロイドと性行為ってのは人としてどうなんだ? ダッチワイフとあまり変わらない気がする。いやしかし「据え膳食わぬは男の恥」とも言うし。
もう頭の中がぐちゃぐちゃになって、混乱していた。
ちなみに、書いてはいないが、船橋の博士のラボで、裸の彼女を見た限り、胸もちゃんとあった。
「最後に身勝手だが、私の願いを聞いて欲しい。この事実を世間には伏して、結果を私に報告して欲しい。どうかお幸せに」
メールの文面が終わっていた。
(いや、無茶苦茶すぎんだろ? 身勝手だ。僕にどうしろ、と)
混乱の極みにあった僕は、恐らく落ち込んで、というより、頭の働きが壊滅的に動いていなかっただろう。
考えていたのは、博士と母の心中だ。
恐らく、博士は、この事実を知って衝撃を受けたが、同時にそれは「禁忌」に触れると思ったため、世間への公表を躊躇ったのだろう。
一方、母は、その事実を知って、息子に子も作ってもらい、つまりアンドロイドであろうと何であろうと、「孫の顔が見たい」と思ったのだろう。
意外などほ常識的な博士と、反対に打算的な母による共謀だ。
結果的に二人の思惑通りになっているが、冷静に考えてみれば、これはめちゃくちゃな話だ。
人間がアンドロイドと性行為? 果たしてそこに「愛」はあるのか。むしろ「人形とやっている」のと変わらないのでは? 考えるだけで頭が痛くなってきた。
そんな僕に声をかけたのが、美しいアンドロイドだった。
「陽介さん。どうかしましたか?」
改めて、そんなことを言われ、顔を近づけられると、博士のメールのこともあり、つい意識してしまう。
特にこの唇なんて、人間の女性そっくりだ。柔らかそうな頬、魅惑的なうなじ。人間と何ら変わらない。
どぎまぎしながらも、彼女にもメールの内容を聞いてみる。
「もしかして、知ってた?」
当然、このことについてである。
「はい。博士から説明を受けました。私は人類初の、『子供が産める』アンドロイドだと」
バカな。アンドロイドは基本的に人間に「嘘」はつかないはずだ。だとしたら、これは本当のことになってしまう。
そもそも一体、どういう仕組みなんだ。無機物から有機物を造ったことになる。
もしこれが本当に真実なら、確かに「歴史が変わる世紀の大発見」だろう。ノーベル賞ものだ。
逆に言うと、酷い言い方をすれば、モテない引きこもりニートでも、彼女のようなアンドロイドがいれば、簡単に結婚出来て、子供が出来る。つまり、少子高齢化問題も解消だ。
(まさかな)
僕は、もちろんまだ半信半疑だ。
だが、ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。
ただ、だからと言って、僕は今はまだ、彼女といきなり「性行為」しようとは思えなかった。
だが、人の意識や趣向や興味というものは、時と共に変わるのだ。
この先、何が起こるかわからない。
ただ、少なくとも彼女と一緒に「過ごして」生きたいとは思うようになっていた。
「ヒビキ」
「はい」
「家に戻ろうか?」
「かしこまりました」
一見、無機質で無表情な女性型アンドロイド、HR-V439、ヒビキ。
彼女が本当に生殖器を有していて、人を産めるかどうか。それはまだわからないが、今はただ、このささやかな「幸せ」な時間を嚙みしめていたかった。
僕と彼女の未来がどうなるか、未来は誰にもわからないのだから。
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