9. 突破
「待ちたまえ」
ラボを出発する前、僕たちは秋葉原博士に呼び止められていた。
「これを使って行け」
彼が指で示したのは、ガレージにあった小さな車だった。
白の軽自動車だ。どこにでもあるモデルで、小回りが利く。まあ、一応、僕は運転免許を持っているし、歩いて習志野市に行くよりもはるかに効率がいいから、お言葉に甘えることにした。
聞くと、この車は博士が普段の用事に使っているという。
どうやら、博士は何も言わないが、複数あるというラボのうち、この船橋市が拠点になっているようだ。
ともかく、僕は博士に礼を告げ、車の運転席に乗り込む。助手席には彼女に座ってもらった。
聞けば、車の運転も出来るそうだが、今回は僕が運転する。その代わり、彼女にはセンサーを使って、周囲の敵兵を検索するのと同時に、両親の電子データを送り、それをビッグデータから検索、居場所を突き止めることを依頼した。
そのデータの中には、両親の携帯電話のデータも含まれている。つまり、GPSを利用できると考えた。
彼女、ヒビキはやはりというか、想像以上に優秀だった。
一般的に市販されている、業務用アンドロイドとは違い、処理速度が格段に速いし、学習速度も速い。
あっという間にデータを読み込み、ビッグデータから検索して照合してしまった。その間、たったの1分。
「見つけました」
「どこだ?」
「ゴルフ場です」
意外だった。確かにこの近辺にはゴルフ場がある。千葉市花見川区で、習志野市に隣接している。
彼女が車のナビ上で示したのは、そのゴルフ場だった。
これは、あくまでも僕の推論だが、敵から逃げた両親は比較的見通しがいいその場に逃げたか、もしくはゴルフ場を突っ切って、指定の避難場所に逃げる途中かもしれない。
車ならおよそ30分。それも道が混んでいる通常時の時間で、非常事態宣言が発令され、無闇に外に出ることを禁じられている今、生真面目な日本人は外出を避けていたから、道は想像以上に「空いていた」。
そこへ向かう途中、自らの頭脳からデータを検索していた彼女が、僕に残酷とも言える一言を発していた。
「数十人が仲夏帝国軍に襲われていると思われます」
「何だと?」
何故、遠隔でそれがわかったのか、知る由もなかったが、深く追及はしなかった。
「敵の数は?」
「1個小隊程度ですが、全員アンドロイドと思われます」
「ちっ。急ぐぞ」
「了解しました」
何とも事務的な会話だが、この際、彼女が記憶を失って、僕との小さな思い出を忘れていることはどうでもよかった。
まずはその厄介な仲夏帝国軍を排除して、両親を救い出さなければならないし、それ以外の人間も救う必要がある。
何よりも両親の無事が心配だった。
(無事でいてくれ)
祈るような気持ちで、僕は車を飛ばす。
幸い、この非常時に車でドライブする呑気な奴はいない。途中、警察車両や自衛隊車両から拡声器で「逃げなさい!」のように言われたが、無視して街中を突っ切った。
やがて、ゴルフ場に着くと。
―ドォーーーーン!―
砲弾の爆発と延焼が起こっていた。
両親は無事か、それとももしかして今の砲撃でやられでもしたか。
気が気でなかったが、煙が晴れてきて、ゴルフ場のグリーンの上が鮮明になってくるにつれて、僕は希望の光が差し込んだことを悟った。
自衛隊の装甲車と戦車がいたからだ。
そこからアンドロイド兵に向けて、一斉射撃が行われており、その統制の取れた動きは、プロそのものだった。
恐らく、彼らが行方がわからなくなっていた、陸上自衛隊の特殊作戦群なのかもしれない。
そして、その後ろに幾人かの民衆が乗っていると思われる、自衛隊のトラックがあった。
恐らく安全を確保してからの出発になるのだろう。
芝生の上で、車を停めた僕は、隣に座る彼女に、指を指して指令を下す。
目の前の数十メートル先に、忌々しいアンドロイド兵たちが群れをなして、その向こうにいる自衛隊に射撃を加えていた。
「やれ、ヒビキ。一人残らず、いや一体残らず、アンドロイド兵をぶっ壊してこい」
「承知しました」
そこからの動きは、めちゃくちゃ速かった。
息つく暇もなく、彼女は車を飛び出すと、最初に左腕の肘の関節を折り曲げ、そこから出てきた砲口から丸い物体を発射。
スモークグレネードだ。
その一撃で、相手の視界を奪うと、次の瞬間、右肘を折り曲げて、ガトリング砲を剥き出しにする。さらに、右膝を折り曲げる。そこには小型のホーミングミサイルがあった。左膝を折り曲げ、ショットガンを剥き出しにする。
それらを一斉に発射。
―ドガガガガガ!―
「~~~~!」
あっという間に土が抉れ、仲夏帝国軍のアンドロイドたちの悲鳴に似た連呼が響き、煙が晴れていくと。
1個小隊、およそ20体はいたアンドロイドたちが、1体残らず掃討されて、機械を剥き出しにした形の、人型アンドロイドの残骸が横たわっていた。
もちろん、彼女は無傷だった。
(恐るべき実力だ。いや、博士が怖いのか)
ほとんど1個小隊に匹敵する戦力と言っていい。
事実、これを見ていた自衛隊員たちが、手出しもできずに唖然とこの状況を見つめていた。
一人残らず、いや一体残らず敵を掃討した後、ヒビキは何事もなかったかのように、武装を仕舞い、僕に向かって、振り向き、感情の籠っていない目を向けて、
「掃討完了しました、陽介さん」
それだけを言ってきた。
僕は、背筋が寒くなるような感情を抱く。
「人間を助ける」プログラムを組まれているとはいえ、もし万が一このアンドロイドが人間に反抗したら、どうなるのだろう。
人間なんて、容赦なく簡単にミンチにされてしまうだろう。
だが、僕は我に返って、
「ああ。ありがとう」
それだけを何とか発して、歩いて自衛隊のいる方向に近づいた。
自衛隊員の一人が、慌てて小走りで近づいてきた。目出し帽をかぶっているのが特徴的で、表情はわからない。
「助かったが、君たち一体何者だ?」
それに対する答えはもちろん、持ち合わせていないが、その前に聞きたいことがあった。
「あの、こちらに逃げた人は無事ですか? 僕の両親がいるはずなんですが」
その必死な様子の僕を見ていた隊員たちが、わずかに微笑んだ。
「ああ、全員無事だよ」
良かった。
何よりも、身内が無事なのは大きい。
人はこうした有事に巻き込まれた時、必然的に自分の身内を真っ先に心配する。言い換えれば他人を心配する余裕がなくなるのだ。
彼は、僕に避難をした住民がいるトラックまで案内してくれた。ヒビキには着いてくるように伝える。
そして、車体後方が無造作に開いている、幌のようなものがついている、兵員輸送トラックの前に導かれ。
「陽介!」
「無事だったか」
母・美穂。父・忠正と僕はようやく対面に成功した。
見たところ、二人は無傷で、無事のようだったし、兄弟がいない一人っ子の僕には、この両親が無事なのが何よりも大きい。
「良かった」
安堵しすぎて、気が抜けて、薄っすらと涙を浮かべていた僕に対し、母は、僕の後ろの陰に気づいたようで、
「HR-V439、いえヒビキ。息子を守ってくれてありがとう」
と、告げていたが、そのHR-V439、ヒビキは感情のないような瞳を向けたまま、
「いえ。どういたしまして」
と、告げるのみ。
無事に両親と再会できたことで、家族水入らずの時を過ごせると思った僕は、両親を車に招き、ひとまず善後策を考えることにした。
この先、どうするか。その前に、「戦況がどうなったか」。仲夏帝国軍の動きについても気になるところだった。
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