8. 夢の続き
僕は海辺にいた。
一人、寂しく海辺の砂浜に座って、海を見ていた。
潮の満ち引きと、耳障りのいい潮騒が響いてくる。
通常、夢というのは「眠りが浅い」時に見るらしい。そして、「疲れている」時に見やすいとも言われる。
また、夢は「色のある夢」と「色のない夢」に分かれるというが、僕が見たのは色のある夢だった。
「陽介さん」
聞いたことのある、穏やかな人間らしい声に振り返ると。
麦わら帽子をかぶり、ピンクのワンピースを着て、微笑む女が立っていた。
「ヒビキ」
そう。夢の中では、彼女は確かに「笑って」おり、僕の名前を呼んでいた。
それは、ありえないと知りつつも、僕が無意識のうちに追い求めている、彼女の姿なのかもしれない。
夢は、その人の願望を映し出す鏡でもある。
翌朝、目覚めてみると、午前7時頃。
朝食は、博士が用意してくれた、簡単なもので、食パンとコーヒーだけだった。
博士によると、この後、彼女を救命ポッドと呼ばれる、あのポッドから解放し、再起動させるという。
だが、その前に、朝食を見ながら、パソコンでネットニュースを見ることになり、僕は衝撃を受けていた。
昨日は疲れたのと、衝撃を受けて、早くに寝てしまったから気づかなかったが。
「御覧ください。皇居、国会議事堂、そして防衛省。すべて仲夏帝国軍によって占領されています」
キャスターは、遠くからの望遠でかろうじて中継を実施しているが、近づくと攻撃される恐れがあるという。
見ると、望遠ながらも、確かに無数のアンドロイド兵たちが、上記の施設に徘徊する様子が映し出されていた。
それを見ていて、博士が苦虫を嚙み潰したように顔を
「ふん。
「自衛隊はどうしたんでしょうか?」
「ああ。一応、戦っておる。自衛隊には、特殊作戦群という特殊部隊があってな。その動向が現在わかっていない」
「そうなんですか。壊滅したんでしょうか?」
「いや。私にはそうは思えん。奴らのことは、実は少しだけ知っているが、とんでもなく優秀な兵士たちだ。恐らくどこかに潜伏して、反撃の機会を伺っているはずだ」
僕には、まったく知らないし、思いもつかない情報だったが、この国が隣国によって不幸にも蹂躙されている現在、少しでも希望の光があるのは、いいことだと思うのだった。
だが、博士はさらに、僕が予想もつかなかったことを口にした。
「それに、HR-V439もいる」
「どういうことですか?」
「あいつは戦闘にも耐えられるように造ってある」
思い出していた。
右腕に装備されていた、あのガトリング砲だ。
あれは、もはや銃刀法違反なんていう代物ではなく、立派な兵器だ。
しかも、実はそれだけではなかった。
「左腕には、煙幕のためのスモークグレネードが装備されているんだが、今回、ついでにアップデートをかけた」
「アップデート?」
嫌な予感がした。
この爺さん、とんでもないマッドサイエンティストの一面を持っている気がしていたからだ。
そして、予想は当たった。
「追加武装として、右足に誘導式ホーミングミサイル、左足にはショットガンを配備した」
「戦争でもやる気ですか!」
そもそも、そんな物騒なものをどこで手に入れたのか、という疑問はさておいて。
「当たり前だろう」
だが、僕の懸念を、彼は強い声で一蹴してしまった。
「習志野市に仲夏帝国軍が進出したのだろう? 君の両親が心配じゃないのかね?」
「そりゃ、もちろん心配ですが」
携帯電話がない今、連絡すらつけようがないのだから。だが、どうしようもないと思っている僕に、博士はとんでもないことを言い出したのだった。
「だから、君が助けに行けばいい」
「えっ?」
「そのために、彼女がいる」
つまり、博士は彼女、ヒビキを連れて戦線を突破しろ、と言うのか。
とんでもない無謀な爺さんだと思った。こっちは自衛隊の訓練すら受けていない、戦闘のド素人だぞ。殺す気か、と本気で怒ろうと思ったが、その前に。
「大丈夫。今回の件で、アップデートしたと言っただろ? 武装はもちろん、装甲面も大幅に強化した。手榴弾や大砲程度では傷一つつかんだろう」
一体、どんな装甲強化を施したんだ、このチート爺さん。
と、言いたいところだったが、ひとまず助かった、というか安心材料は出来た。それに、「僕に対する記憶」はなくとも、「人間を助ける」というプログラムによって、彼女は、僕を守ってくれるだろう。
そして、いよいよ彼女との対面になる。
液体に満たされた救命ポッドの、横に置いてあるスイッチを、博士が押すと、救命ポッドの中の液体が引いて行く。
その後、カプセルを開き、博士は遠隔操作でボタンを押したらしい。
―ウィーーーン―
約2か月半前のクリスマスの日。
彼女を初めて「起動」した時と全く同じような音がして、彼女が裸のまま目を開いた。
「おはようございます」
ああ、この感覚が懐かしい。
まるで氷のように冷たい目、感情の欠片も感じないような瞳だが、僕は彼女の笑顔を知っている。
だが、やはり「覚えて」はいないようだった。
「おはよう、ヒビキ」
「ヒビキ、とは何ですか?」
「君の名前だ。これから君をヒビキと呼ぶことにする」
「かしこまりました。では、あなたのことは何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
初めて会った時と全く同じやり取りに苦笑する。
「僕のことは、陽介さん、でいい。それよりも、ヒビキ。今すぐ、習志野市に向かう。ついて来い」
「かしこまりました、陽介さん」
こんなやり取りをしていて、これはまるで「すり込み」だな、と思いながら苦笑していた。
鳥などが目覚めて、初めて目にした物を「親」と慕うのに似ている。
記憶はなくなっても、そのすり込み行動だけはなくなっていなかった。
ひとまず裸では色々まずいので、博士の家にあった、男物の服を着てもらうことにした。それはTシャツ、セーターにダッフルコート、下はブルージーンズという格好だった。
サイズが少し大きいが、何とか合わせる。まるで男の子のような格好になった。
こうして、僕は彼女と共に、秋葉原博士の船橋ラボを出発した。
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