14. 人間とアンドロイド
あれから3か月が経った。
僕と彼女は、市川市の仮設住宅に入っていた。家があったはずの場所は、砲撃で吹き飛んでいた。
あの凄惨な戦争、仲夏帝国軍の日本侵攻。一時は、どうなるかと思ったし、実際に東京都の中心部を始め、首都圏や新潟県、群馬県などが占領下に入っていた。
だが、結局は、米軍がやって来た。
日本が降伏し、完全に占領された場合、仲夏帝国が太平洋に出ることになる。一番困るのはグァムやハワイに基地を持つ、日本の友人でもある、かの同盟国だ。
よって、自衛隊と米軍の必死の反撃により、アンドロイドを中核とした仲夏帝国軍は追い込まれ、侵攻から1か月で撤退。あえなく不本意ながらも和平交渉となり、停戦となった。
1945年以来の戦禍に傷ついた日本は、復興への道を進んで行くことになるが、かつてのような戦後復興、高度経済成長の勢いはなかった。
そんな中、
「だぁだぁ」
赤ん坊が彼女の胸に抱かれていた。
もちろん、時間的な問題からわかるように、この子は、僕と彼女の子供ではない。
仮設住宅に住み始めてから、長屋のような造りの平屋に住むことになり、すぐ隣に住む若い夫婦と知り合うことになった。
彼らは忙しいらしく、たまに彼らの子供の面倒を見ることになった。
僕は、奇しくも彼女、ヒビキに「子育て」を学習させることになった。もちろん、彼女との「性行為」自体、まだ憚られており、実行に移してはいない。
この子は、「あかりちゃん」という1歳の女の子で、妙にヒビキに懐いていた。
子供をあやす彼女を見つめながら、僕は細心の注意を払い、口酸っぱく彼女に告げていた。
「くれぐれも全力で抱きしめないように。君が本気で抱きしめたら、その子、死んじゃうから」
そう。アンドロイドにして、戦闘もこなす、ハイスペックなヒビキは、実は「ものすごい」握力があった。
それこそ常人の数倍レベルで、プロレスラーでもかなわないだろう。
そんな彼女が全力で抱きしめられたら、恐らく成人の僕でさえ、骨の数本が簡単に折れる。赤ん坊なら命に関わる。
「わかってます」
そう呟く彼女の目は、まるで本物の「人」のように優しく見えた。
ディープラーニングによって、「学んで」、「成長していく」彼女。
彼女が本当に「人の心を持ち」、幼児を慈しんでいて、本当に性行為が出来て、生殖機能があって、子供を産める体なのか。
それ自体、わからないし今の僕には決心がつかないのだが。
ただ、一つ。
(仮に本当に子供が生まれたとしても、僕だけが年を取って、彼女は見た目が若いままだ。不公平すぎる)
それは、例えてみれば、西洋のおとぎ話の「長寿のエルフと人間の間の子」みたいなものだろう。言ってみれば禁断の愛だ。
エルフは、人間の数倍は生きるというのが、常識としてある。
アンドロイドの彼女は、機能停止にならない限り、恐らく半永久的に生きるし、何より「老いる」ことがない。
では、そんな彼女との間に出来た子というのは、果たして本当に「幸せ」と言えるのかどうか。
だが、少なくとも今の彼女が子供を見つめる目は「優しい母」そのものだった。
「どう、ヒビキ? 赤ちゃん、可愛い?」
「はい。とても可愛いです」
すっかり人間らしい表情を浮かべ、笑顔が増えてきた彼女は、最近ますます「人間っぽい」動きをするようになってきていた。
結局、あの後、秋葉原博士博士は消息不明になっていて、一説には「死んだ」とも言われていた。
一方で、母は、もう振り切れたのか、それとも秋葉原博士から言われていた口止めが解禁でもされたのか。
電話をするたびに、
「早く孫の顔が見たい」
と言うようになった。
いやいや、待て母よ。それがアンドロイドの彼女との子供でもいいのか。と息子の僕は突っ込みたくて仕方がなかった。
人とアンドロイドは、本当に分かり合えるのか。それともいつかアンドロイドは人類に反逆行動を起こすのか。
そして、人とアンドロイドの間に、「子供」が出来たら、どうなるのか。
全ては、この後、しばらく先の「未来」を見ないとわからないだろう。
だが、今はただ「彼女」と一緒にいるだけで、僕は幸せだった。
― 人が人を造る、神への冒涜か。それとも人類の希望となる光か ―
アンドロイドという存在、そしてAIがこの先どうなるか、それは誰にもわからないのだ。
だが、昔の人が言ったように、「恐れ」は最大の過ちとなり得るのだ。
The greatest mistake you can make in life is be continually fearing you will make one.
(われわれが人生において犯す最大の過ちは、間違いを犯しはしないかと絶えず恐れていることである。)
(完)
AIアンドロイド、ヒビキ 秋山如雪 @josetsu
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