AIアンドロイド、ヒビキ

秋山如雪

1. 宅配便の中身

 僕の名前は、只見ただみ陽介ようすけ


 どこにでもいるサラリーマンの一人だ。

 現在、小さなベンチャー企業のIT系会社に勤めており、ソフト開発、運用・保守などの仕事に従事している。


 大学卒業後、現在の会社に勤めて早くも13年が経過。


 この年、35歳を迎えており、少子高齢化社会、晩婚化社会とはいえ、さすがにそろそろ結婚しないと、後がない。


 世の中は、AI全盛期で、日本中のあちこちでAIロボット(アンドロイド)が活躍していたが、特に人手不足の介護、運輸、建築業界では彼らの活躍が目立つのだった。


 早い話が彼らは「文句を言わない」。


 事前に仕事内容をプログラミングをしていれば、余程のことがない限り、きちんと仕事をこなすし、人間のように「疲れた」、「パワハラだ」、「給料が足りない」、「休みが欲しい」などと文句を言わない。


 つまり、経営者にとって、人手不足の中、文句ばかり言う人間を雇うリスクよりも、AIを使うリスクの方が軽くなったのだ。


 それだけ技術が飛躍的に進み、AIは受け入れられてきていたし、AIの技術自体が進化して、自律的に考え、さらに「学習」をして、知識を吸収していくものになっていた。


 その上、処理能力や速度に関しては、人間など及びもつかないし、メモリーさえ無事なら「忘れる」ということがない。


 ただ、量産式のAIロボットには、まだまだ「感情」が足りない、というか、一部、欠如しているものもあった。


 一方で、隣の大陸国家では、そのAIが軍事に使われ始め、巨大な国家ゆえに、その統制に疑問符が投げかけられていた。



 西暦2032年、12月25日。


 すでに35歳を迎えたにも関わらず、僕には付き合っている彼女がいなかった。いや、それどころか今までの人生でほとんど付き合った女性がいなかった。


 興味がない、というのもあったが、世の中には楽しいことが溢れ、昔のようにあえて「恋人」や「伴侶」を作る必要性を感じなかったのも大きい。


 そんなクリスマスの夜。一人、寂しくインターネットから映画を見ていたら。


―ピンポーン―


 僕が住んでいるワンルームマンションのチャイムが鳴った。

 時刻は夕方の19時頃。一旦、再生していた映画を止める。


 ネット通販は頼んだ覚えがない。

 もしかしたら、鬱陶しい勧誘か、何かの営業か、とも思ったが、映像つきのインターホンを通して見る限り、外に映っていたのは、明らかに宅配便業者だった。


 しかも、今時、珍しい、人間の配達員だ。


 今や運輸業界もほとんどがAIに置き換えられているし、宅配便も無人ドローンやAIのアンドロイドがほとんどなのだが、ごく一部、重要な荷物や、大きな荷物を人間が運ぶことがあった。


 ただ、気になる点が、一つ。


 デカい。


 その配達員は、己の身の丈と同じくらい大きいダンボールを脇に持っていた。


「はい」

「お届け物でーす」


 仕方がないから、オートロックを開ける。

 我が家は4階だから、玄関先のオートロックを開ける必要があるのだ。


 そのまましばらく待つと、エレベーターを昇って配達員がやって来て、再びチャイムが鳴らされる。


 ドアを開けると、比較的若い配達員が、運送会社の制服姿で立っていた。

 やはりモニターで見た通り、巨大なダンボールを横に置いているが、台車の上に載せていた。


 一体、何が入っているんだ、というのがまず気になるが。その前に、


「あの。差出人は誰ですか?」

 聞かざるを得ない。僕にはまったく心当たりがないからだ。


 配達員がダンボールに張り付けられているシールを確認する。


「ええと。只見美穂さんですね」

「お袋?」


 その名前は、間違いなく母の名前だが、僕には全く心当たりがない。

 とりあえず、渋々ながらも受け取って、サインをするが。


「あの。これ、何ですか?」

 思わず聞いてみた。


 台車からダンボールを降ろしてきた配達員から受け取ると、ものすごく「重い」。これは20キロ以上、いや恐らく50キロ以上はある。


「アンドロイドですね」

 スマホのことではない。


 この世界、アンドロイドとは、文字通りのアンドロイドを指していた。


 だが、一体、何のために。


 配達員は帰り、僕は気になりつつも、まずはダンボールを横にして、玄関に置く。


 カッターで丁寧に開けていくと、出てきたのは。


「お、女の子?」

 そう。見た目は完全に「女性型」のアンドロイドだった。


 年の頃は20代前半くらいに見える。


 透き通った肌、ストレートロングの黒い髪の毛、綺麗なまつ毛。スラっと伸びる手足、目鼻立ちは整っている。目は閉じている。

 衣服は、ぴったりと肌に張り付くような白いYシャツのような形状のものと、ロングスカートを履いていた。ご大層に靴まで、ちゃんとしたスニーカーを履いていた。

 見た目だけなら、どこかの大学生にも見える。

 というか、12月下旬のこの時期に、なんて寒そうな格好をしているのだ。


 まあ、美人ではある。あるのだが、もちろんこれは「人工物」だ。


 そこに、「愛」や「恋」の感情なんて生まれるはずがない。


 一応、取扱説明書が入っており、そこに「起動方法」と書かれてあった。


 だが、まずは問いただす必要があった。

 すぐに携帯電話を手に取った。


 数回コール音の後。

「はい」


「お袋。何のつもりだ?」

 開口一番、怪訝な態度で聞いてみると、母はからからと笑い声を上げ、


「ビックリしたでしょ」

 と言ってきた。


「そりゃ、驚くけど」


「あんたのことだから、どうせまだ彼女もいないんでしょ。これも親心だと思って。その子は、家事全般、役に立つらしいから」


「いくらした?」

「100万」


(100万。安い金額ではない)

 実際、程度のいいAIは、300万円以上はするし、逆に粗悪品は30万円くらいで売られている世界だ。

 その辺は、車と変わらないような常識になってきていた。


 つまり、こいつの値段は平均的とも言える。車で言うなら普通の乗用車レベルだ。


「いい? いくら人間みたいだからって、変なことしちゃダメよ。一応、見た目は女の子なんだから、大切にしてあげて」

「するか!」


 大体、見た目はどんなに可愛くても、所詮は「心のないロボット」みたいなものだ。


 僕自身、そう思って、まったく危惧なんてしていなかった。


 母とはその後、二言三言話してから、電話を切った。


「さて。面倒だが、起動するか」

 電話を置き、取扱説明書を手に取る。


 起動ボタンは、背中についているらしい。


 結果的に、抱き起すような形になるのだが。


(妙に人間臭いな、こいつ)

 つまり、体自体が柔らかい素材で作られていて、何だか本物の女性のようで、ドキドキするし、ちょっとした罪悪感すら感じてしまう。


 だが、もちろん胸の部分には触らず、何とか背中の赤い突起物を押す。


―ウィーーーン―


 静かな駆動音と共に、アンドロイドが目覚める。


 やがて、駆動音が消えると、ゆっくりと目が開かれた。


「おはようございます」

 その黒い瞳からは、一切の感情なんて感じられなかったし、口から発せられた言葉には冷たい響きが漂っていた。

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