2. ヒビキ、誕生
彼女は目覚めた。
それも、恐らく工場出荷後、初だろう。
何と言っても、その体には傷一つついていなかったからだ。
AIロボット。と、一口に言っても、AI全盛期のこの時代、彼ら、彼女らは「酷使」されていたのだ。
つまり、「AIは便利だ」、「人間より役立つ」と考えた、企業の経営者たちは、積極的にAIを活用し始め、その結果、少し前まで叫ばれていた「人材不足」自体は解消したのだ。
ただし、「人間」が「AI」に置き換わっただけで、日本企業の悪い体質は変わっていなかった。
一時期、人間たちの不平不満によって「ブラック企業」から「ホワイト企業」へと移行していた会社が多かったのだが、逆に人間が使われなくなると、一気に「ブラック企業」へと逆戻りした企業が多かった。
それは、その通りで、「AIは文句を言わない」。
どれだけ長時間過酷な労働をさせても、文句を言わないから、経営者にとっては非常に便利なのだ。
それによって、日本中のコンビニの店員のほとんどがAIに置き換えられた。
もちろん、AIになることによって、カスハラやらクレーマーやらが減ったというメリットはあった。
だが、同時にAIロボットを破壊する犯罪も出てきていた。
すると今度は警察が、AIロボットをパトロールに使うようになる。
そうでなくても、酷使されて、傷ついたAIが多かったという事実があった。
ともかく、AI全盛期のこの時代、彼らは活躍していたが、実は潜在的な問題は多く残されていた。
「おはよう。っていう時間じゃないけど。君の名前は?」
「HR-V439です」
製造番号と思われる無機質な番号を淀みなく答え、彼女は立ち上がった。
身長は、160センチくらいか。一般的な女性の平均身長に近い。体重はわからないが、先程のダンボールを持ったところ、50キロ以上はあると思われたから、これも人間の女性に近いのかもしれない。
ただ、違うのは、その冷たい目だ。
「目」と言えるのかどうか。むしろそれは「センサー」と言い換えてもいい。
やはり見た目が美人であっても、彼女には感情移入が出来ない。そう思いながらも、僕は一つのことを頭に浮かべていた。
猫だ。
実家で元々飼っていた、メスの三毛猫。僕が小さい頃からいた猫だが、さすがに老衰で15年以上前に亡くなった。
その飼い猫は、猫らしいと言えば猫らしいが、気まぐれだった。どこか
僕は、その猫と大学に入るまで一緒に過ごした。
その猫に、この子、というかこのアンドロイドは似ている雰囲気を感じた。
どこか、冷たくて、しかしすべてを見通すような目が、どこか猫のようで、生前の彼女を思い出させていた。
「ヒビキ」
その猫の名前を彼女につけることにした。
というより、HR-V439なんて呼びにくくて仕方がない。第一、「HR」というのが、まるで野球のホームランみたいで嫌だった。
「ヒビキ、とは何ですか?」
「君の名前だ。これから君をヒビキと呼ぶことにする」
「かしこまりました。では、あなたのことは何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだな」
考えてみた。
(「ご主人様」、はさすがに偉そうだし、メイドみたいで嫌だし、「マスター」、だとバーみたいだし、「お兄ちゃん」、だと外に出た時に恥ずかしいし……)
さすがに少し迷ったが、無難な物を選ぶことにした。
「陽介さん、でいい」
「では、陽介さん」
「何だ?」
「私にご命令下さい」
突然、そう言われても、正直困る。
彼女はそもそもどういう経緯で作られたアンドロイドなのかすらわからない。何が出来て、何が出来ないのか。
それを知るために、逆に聞いてみた。
「何が出来る? というより、君は何のために、どこで造られた?」
「掃除、洗濯、炊事などの家事全般が出来ます。造られたのは千葉県にある製造工場です」
「千葉県のどこ?」
「船橋市です」
近い。
我が家は、千葉県の市川市にある。ほんの隣町で、両親の実家がある
だが、そんな場所にAIの製造工場があるなんて話は聞いたことがなかった。
つまり、この時点で彼女の言動にはすでに「怪しい」点が見受けられた。そう言うようにプログラミングされているのかもしれない。
AIロボットというのは、もちろんかつてのロボットのように「プログラムされたこと」だけを実行するような短絡的な代物ではない。
ある程度の裁量を与えられ、ある程度の自由行動が可能になっている。その過程で、彼らは「学習」をし、要は「ディープラーニング」の概念を持っていると言われている。
つまり、汎用人工知能(Artificial General Intelligence、略称:AGI)と呼ばれる物だった。
今のAIは、学び、そして確実に成長するのだ。
逆に言うと、目覚めたばかりの彼女は、まだ「赤ん坊」のようにわからない状態なのかもしれない。
僕は密かに決意した。
(ヒビキを育てる)
と。
せっかく親が高い金を払って、用意してくれたAIだ。
これを活用しない手はないと思った。
もっとも、いくら女性型で美人とはいえ、彼女はアンドロイドだ。
アンドロイドに生殖機能がついているとは思えないし、「夜の相手」が務まるとも思えない。
それ以前に、もちろんそんな感情が湧くとは到底思えなかった。
少なくともこの時点では。
AIは成長する。
まずは、彼女の実力を計るため、そして学習してもらうためにも、「家事全般」をやってもらうことにした。
こうして、僕とヒビキの奇妙な共同生活が始まることになったのだった。
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