3. ヒビキの実力

 彼女は、確かに優秀だった。


 平日は、普通に会社に出勤し、仕事をしている僕にとって、帰宅すると部屋が綺麗に掃除され、洗濯物が乾かされ、ご飯まで用意されている。


 まさに「理想的な奥さん」をもらったに等しい。


 だが、もちろん、平日の日中に彼女が何をやっているか、知ることは出来ない。


 そこで、彼女をもらってから最初の休日に彼女を観察してみることにした。


 つまり、もう年末年始の長期休暇に入る。

 実家に行く前に、彼女の働きぶりを見るためだ。


 するとどうだろう。


 完璧だった。

 掃除は、きっちりこなし、洗濯もマニュアル通り、炊事も完璧、風呂まで沸かしてくれる。


 恐らく最初からそういうプログラミングをされて造られた「家事代行」アンドロイドなのだろう。


 ちなみに、アンドロイドとロボットは違う、と言われるのは、同じ人型でも、可能な限り「人に似せている」のがアンドロイド、逆に「人型でも人っぽくない」のがロボットと言われているが、実は明確な定義はない。


 昔から、いわゆる「業務型ロボット」というのもあったし、その技術については、日本は世界でも先進的だった。


 実は、「人が人を造る」に等しい、このロボット、あるいはアンドロイドを造る行為自体が、キリスト教的には、「神の教えに背く行為」とみなされ、西洋では忌避する傾向が高いという。


 逆に「宗教色が薄い」日本では、ロボットやアンドロイドが受け入れやすいという土壌があると言われている。


 とにかく、彼女は優秀ではあった。


 それこそ文句も言わずに働くし、一切の落ち度はないし、何よりも「忘却」ということ自体がない。


 人間は、多かれ少なかれ「忘れる」生き物だが、機械の彼女は決して「忘れない」。恐らくメモリーが生きている限りは、「忘却」はないだろう。


 動力は何なのか、つまりどういう風に動いているのか、についてはもちろんわからないし、分解でもしなければわからないだろう。

 むしろ素人の僕が分解しても、元通りにできない。


 IT技術とロボット工学はまた違うのだ。


 ただ、説明書に従うと、このHR-V439型は、最低でも168時間に1回は充電する必要があるらしい。


 食事や入浴はもちろん必要ないが、168時間に1度の充電で、動力が回復するらしく、また人間と同じように睡眠を必要とし、その睡眠時間にディープラーニングも進む、ということらしい。


 専用の小型充電器も用意されてあった。


 つまり、最低でも1週間に1度は充電しないといけない。


 それでも機能としては十分すぎる性能はあった。これで100万円なら安い買い物かもしれない。

 だが、何だろう。


 このそこはかとない、「寂しさ」は。

 

 僕は、お茶でも飲みながらゲームをしていても、家事全般は彼女がやるから、楽で楽で仕方がないはずだ。


 だが、それとは逆に「一抹の寂しさ」のような感情を感じるのは、彼女が感情のない「ロボット」みたいなものだからなのかもしれない。


 そこで、ある夜。


 僕は「実験」してみることにした。


 テレビ、というのはこの時代、衰退していた。

 テレビに代わり、インターネットが普及し、ネットテレビ、ネットニュースが全盛のこの時代、僕は彼女と一緒にそのネットニュースを見ていた。


 やっていたのは、介護アンドロイドの特集番組。


 そう。ある意味で「人間が最も嫌がる仕事」、介護には真っ先にアンドロイドが導入されていた。少なくとも日本ではすでにこの業界では数年の実績を積み上げていた。


 それに対して、彼女の「意見」を聞いてみることにした。

 人間的な考え方を持っているかどうか、探るためである。


「どう思う?」

 つまり、介護アンドロイドに対して、である。


「有益だと思います」

「どういうところが?」


「人間は、年齢と共に衰え、認知機能が低下します。さらに人間の介護は多くの労力を必要とします。その介護を同じ人間がやっても非効率です。アンドロイドがやる方がはるかに効率的です」

 その通りだろうが、僕には模範解答のような、つまらない回答だと思ってしまった。


 さらに、なかなか「笑わない」彼女に、お笑いの番組を見せてみた。


 僕が画面を見ながら笑う様子を見ても、彼女には「感情がない」ように、ただ黙って画面を見つめるのみだった。


「面白くない?」

 すると、彼女は、無機質な瞳を向けて、


「何が面白いか、わかりません」

 真顔で言ってきたのだ。


 つまり、これはこういうことだろう、と推測してみた。


 ディープラーニングによって、「学習」する彼女たちにとって、まだ「お笑いが面白い」という認識がないのかもしれない、と。


 ならばひたすらお笑い番組を見せてみよう、と思い立ち、一週間連続でお笑い番組を毎日見せてみた。


 すると、不思議なことに、少しずつだが、彼女が「笑う」ようになってきたのだ。


 これは、凄いことだと思った。


 感情がないはずのアンドロイドに「感情」が芽生えた瞬間。これは奇跡か、などと一瞬、思ったのだが。


 実を言うと。

「君はどういう経緯で造られたんだい?」


 ある日、気になって聞いてみたところ。

秋葉原あきはばら博士によって、人間とのコミュニケーション能力を養うために、試作されました」

 驚くべき回答が返ってきたのだ。


 この秋葉原博士というのは、秋葉原忠司ただしという名前の、ロボット工学の権威で、多数の人型アンドロイドを世に出している、すごい博士なのだが。


 試作、というのが気になった。

「つまり、量産型ではないの?」

「はい。プロトタイプです」


 元々、「プロトタイプ」とは、原型、試作品などの意味を持つ英単語である。ITの分野では、ハードウェア開発の際の量産前の試作品や、動作や機能を検証するために最小限の規模で試作されたソフトウェアなどのことを意味するのが一般的だ。


 つまり、その意味から解釈すれば、彼女の機能は、限定的ということになる。


 だが、ここで大いに疑問になるのが、その「機能」だ。


 彼女の能力自体が、限定的や最小限とは程遠いほどに、有能なのだ。

 とても、「試作品」のレベルではない。


 一体、どういう経緯で、どういう気持ちで、秋葉原博士は彼女を造ったのか、それがものすごく気になるが。


「もしかして君の名前の由来って……」

 ふと気づいた。


 HR-V439の命名の理由について、だ。


「はい。Humanoidヒューマノイド Robotロボットからです。そのVersionバージョン439。この439は『試作』を意味します」

「ダジャレかよ!」

 思わず叫んでしまったが、秋葉原博士は意外にお茶目な人なのかもしれない。


 わざわざ「試作」にかけて「439」と名づけたのだから。もしかしたら、たまたま439番目の作品だったのかもしれないが。


 とりあえず経緯と由来はわかった。


 だが、不思議な事にこの一見すると、非常に「平和的な」アンドロイドに見える彼女が、表情を曇らせた出来事があった。


 それは、たまたま晩飯時に見ていたニュースを見た時のことだった。


 ニュースはもちろんインターネットニュース映像から見るのだが、隣の大陸国家、仲夏ちゅうか帝国での出来事だった。


「昨今、仲夏帝国では、多数の軍事用アンドロイドが造られており、軍備増強が進んでいます」

 キャスターが話すその内容を、彼女はまるで「食い入る」ように見つめていたのだ。


 何を考えているのか、よくわからないアンドロイドの彼女が、興味を示していた。


「気になる?」

「はい。同胞たちが、あのようなことに使用されるのは、遺憾です」

 遺憾です、などという、まるで政治家のような発言はともかく、彼女自身は、この「軍事」に同胞が使われる、ということに非常に嫌悪感を持っているのはわかった。


 果たして、それは人間的な「感情」なのか、それとも「人間とのコミュニケーション用」にプログラミングされて造られたAIアンドロイドの彼女にとって、真逆の「軍事用」にプログラミングされた同胞を見るのが、忍びない、という「逆説的な気持ち」から来るものか、それはわからなかったが。


 そして、この「仲夏帝国」が僕たちの運命を分けることになるのだ。


 ともかく、この一緒に過ごしたわずかな期間が、後から考えると、とても「幸せな」時間だった。

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