4. 侵略
War does not determine who is right, only who is left.
(戦争は誰が正しいのかを決めるのではなく、誰が生き残るかを決めるだけだ。)
年が明けた。2033年。
正月休みに、習志野市にある両親の実家に行き、ヒビキを紹介する形になり、ゆっくりと過ごして、帰宅。
1月4日から、僕は通常通り仕事に行くことになる。
そして、この年、2033年。
日本が、そして世界が衝撃を受けることになる。
誰もが平和と、変わらない日常を信じて疑わなかったが、世の中には「絶対」はないし、「変わらない日常」というのは幻想に過ぎない事実を突きつけられる出来事が起こってしまった。
2033年3月16日(水)。
「臨時ニュースをお伝えします。本日未明、仲夏帝国軍のアンドロイド部隊が、新潟県の柏崎付近に上陸。付近を占領中であり、お住まいの方はすみやかに避難を……」
ネットのニュースはもちろんこの話題で持ち切りだった。
いわゆる「掲示板」や「つぶやき」と呼ばれるSNSが大荒れに荒れていた。
「ついに始まった仲夏帝国の侵略戦争」
「日本、終わった」
「平和ボケのお花畑政治家、どうする」
「自衛隊は、何をしてるんだ」
「海外に逃げよう」
たちまち大パニックになった。
何しろ、この「新潟県に上陸」というのが大きな問題になった。
通常、仲夏帝国から侵略となれば、南西諸島や九州の方が地理的に近いから、当然そっちを狙うだろう、と言われていたし、近年、かの国が軍備増強しているから、いつか襲ってくるだろう、と発言する者たちもいた。
確かにいたのだが、良くも悪くも日本という国は、戦後、ずっと「平和」すぎたのだ。
まさか「他国から侵略される」なんて誰も思っていなかったらしく、時の首相は慌てて仲夏帝国に使者を送り、和睦交渉までしてしまう有り様。
だが、その裏で一応、自衛隊に出動命令を発し、新潟県に送っていた。
だが。
侵攻を受けてからたったの1日後には、新潟県は完全に仲夏帝国の支配下に落ちていた。
おまけに、最も恐れていたことが起こる。
「仲夏帝国軍アンドロイド部隊が、首都東京に進軍中。付近の住民は速やかに避難して下さい」
アンドロイドたちはあっという間に、首都、東京に侵攻を開始。
そのネットニュースを見て、僕はさすがに青ざめた。
「逃げろ、って一体、どこに逃げればいいんだ」
多くの日本人が同じ気持ちだっただろう。
こういう時、会社は何もしてくれないし、本来なら国家が守ってくれるはずだが、長すぎる平和に慣れすぎたこの国では、自衛隊すらも不甲斐なかった。
たちまちアンドロイド部隊が侵攻。
翌日にはアンドロイド部隊、数万が埼玉県から東京都に侵入を開始。
自衛隊はかろうじて、市ヶ谷を中心にして、防衛戦を展開したが、実は頼みの綱のはずの米軍が、及び腰であり、ほとんど援軍を派遣してくれなかった。
この時点で、ネットでは、
「日本、完全に終了」
「米軍に見捨てられた」
「仲夏帝国の支配下に入る」
などと、もはやデマとも取れる流言飛語が噴出。
そして、僕が住む千葉県市川市にも。
―ウゥウウウウウ!―
避難警報が発令されていた。
「付近の住民は速やかに避難して下さい」
防災無線から音声が流れるが。
「だからどこに避難するんだよ!」
僕は、苛立ち紛れに叫んでいた。
その時だ。
まるで「平和を愛する」コミュニケーションアンドロイドに見えた、ヒビキが珍しく真剣な表情で、告げたのだ。
「こっちです、陽介さん」
彼女は、僕の手を引き、どこかに真っ直ぐに走った。
家を出ると、全速力で走るが、彼女の歩行スピードは思ったより早く、僕はたちまち引きずられるようにして連れていかれる。
一体、どこに向かっているのかすらわからず、
「ヒビキ、待って! どこに行くんだ?」
声を出すも、彼女は、
「船橋市です」
と言うだけだった。
その船橋市に一体何があるのか。僕が知る限り、そこには何もないはずだ。彼女の言葉が正しいなら、彼女の製造工場があるらしいが、そんなものは見たことがない。
だが、僕がその真相にたどり着くことはなかった。
「~~~~!」
早口の異国語が耳に入ってきた途端だった。
―ドォーーーン!―
一体、何が起こったのか、わからなかった。
僕の体は爆風で吹き飛ばされ、瓦礫の下に飛ばされていた。もちろん彼女と繋いでいた手が離れていた。
見上げると、仲夏帝国軍の軍服を着た、アンドロイド兵たちが銃を手に隊列を組み、こちらに一斉射撃を加えており、あちこちで悲鳴が上がり、血の匂いが充満していた。
地獄だ。
平和な日本から、戦争の地獄へと変わっていた。
僕は、あまりの衝撃と恐怖とに、体を動かすこともできずにその場にいたが、幸いにも無傷だった。
そして、気づいたのだ。
僕は、「放り投げられた」のだと。
代わりに、「彼女」がアンドロイド兵たちの前に立っていた。
そして、僕は信じられない物を見る。
―ウィーーーン!―
平和を愛するアンドロイドと思っていた、コミュニケーションロボット、ヒビキの右腕の肘が折れ曲がり、銃身が飛び出していた。
それは回転式多銃身機関銃、ガトリング砲だった。
その銃身が回ったかと思うと。
―ドガがガガガ!―
一斉に仲夏帝国軍のアンドロイドに向けて発射されていた。
「~~~~!」
仲夏帝国軍のアンドロイドたちが、口々に早口の言葉でまくし立てるが、次々に倒れていく。
(すごい。いや、というよりヒビキのコンセプトと全然違くない?)
僕は呆気に取られながらも、彼女を密かに応援することしか出来ない。
周りからは、呻き声やら悲鳴が上がり、血の匂いが充満している。ここは地獄の戦場であり、携帯電話すら先程の砲撃で無くした僕は、救急車を呼ぶことすら出来ないし、この状態で来るのかすら怪しい。
結局、彼女、ヒビキは、そのガトリング砲で一人残らず、いや一体残らず、目の前にいた仲夏帝国軍のアンドロイドをなぎ倒してしまった。
「大丈夫ですか、陽介さん」
そして、僕に手を差し出した。
「ああ。すごいな」
と言って、手を伸ばした瞬間。
―ガン!―
彼女の背中に、何か物凄く硬い物が当たった。
と、思った瞬間。
―バーン!―
爆発音が鳴り響き、辺りは煙に包まれた。
今度こそ死んだ、と思ったが、不思議なことに僕には傷一つついていなかった。
だが、その理由を知って、僕は衝撃を受けずにはいられなかった。
目の前で、「彼女」が壊れていた。
四肢のうち、左手が完全に根本から取れ、頭の右半分が吹き飛び、体の中心に穴が開いていた。
「ヒビキ!」
思わず、近づいて抱きしめていた。
彼女の体はまるで人間のそれに近いものだった。
初めて触った時の感触が思い出される。
と言っても、僕が彼女を起動してから、まだ3か月も経っていないのだが。
(このままだと死ぬ)
僕は悟った。
何しろ彼女の背中のはるか彼方には、まだあの忌々しい異国語が響いていたし、付近には僕たちと、傷ついた民衆しかいないのだ。
(死んでたまるか)
咄嗟に、彼女を抱えて、逃げ出した。
必死だった。
当然、後ろから仲夏帝国軍のアンドロイドたちが銃を撃ってくる。
ところが。
―ガーーーー!―
まさかの事態が起こっていた。
自衛隊だ。
自衛隊の戦車と装甲車が、僕たちと仲夏帝国軍のアンドロイドの前に割って入り、盾になり、かろうじて僕たちは難を逃れた。
「こっちです!」
陸上自衛隊の隊員の一人に促され、瓦礫の中を走った。
さすがに、彼女は「重かった」。もちろん、これは普通の女性ではないというのもあるだろうが。
だが、気になったのは、途中から彼女が「発声」しなくなったことだった。
「死」という概念自体が、アンドロイドにはないだろうが、「機能停止=死」という事態を恐れるのだった。
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