5. 山田さん
自衛隊隊員たちは、僕の予想通り、ここから一番近い、松戸駐屯地から来たという。
千葉県市川市は、江戸川を挟んで東京都江戸川区に隣接している。つまり、「ほぼ東京」と言っていい立地だが、それにしてもこんなに速く仲夏帝国軍が侵攻してきたのは驚いた。
自衛隊員たちは、僕や負傷した人たちを、いわゆる兵員輸送トラックに乗せて、走るという。
行き先は「八千代市にある小学校」だという。
つまり、簡単に言うと、仲夏帝国軍の目標は東京都の占領であり、市川市に現れた部隊は、ただの偵察部隊だろう、ということだった。
と、なると必然的に逃げる場所は、田舎の小学校のような、ひなびた場所になる。こういう時、自衛隊の駐屯地などが一番狙われる可能性が高いから危ない。
という判断だろう、と僕は勝手に解釈していた。
それにしても、僕を見る負傷した民衆の目が冷たい。
どうやら、この非常時にわざわざAIアンドロイドを抱えて移動している僕が、気に入らないらしい。
確かに、この非常時、「機械」に過ぎないAIアンドロイドたちの多くが、人間から見捨てられていた。
実際、自衛隊のトラックから見ると、あちこちに打ち捨てられたAIアンドロイドたちがいたし、この非常時にプログラミングされた、「通常通り」の配送や建築の仕事をしている姿が見られ、かえってシュールに思えた。
その時だ。
僕は偶然だっただろう。
自衛隊隊員たちの無線の声を聞いて、胸がざわつくのを感じたのだ。
「何、習志野市にも敵? わかった。習志野駐屯地に援軍を送る」
父と母、そして多くの友人たちが、習志野市に住んでいる。
彼らは無事だろうか。
最も、先程の爆発のどさくさで僕はすでに携帯電話を無くしていたから、連絡もつかないが。
そして、もう一つの心配が、彼女だ。
先程から一言も話さない。
「ヒビキ」
呼びかけても、返事がなかった。
見ると、目は虚ろで、焦点が合っておらず、ほとんど死んでいるように見える。ただ、不思議と人間と同じような「鼓動」を感じる。
どうやら「死んで」はいないらしい。
だが、その痛々しいまでの姿は健在で、四肢はちぎれ、配線が剥き出しになった体を見ると、改めて彼女が「機械」だと認識せずにはいられなかった。
ただ、それでも僕は彼女に「命を救われた」という事実がある。ここで彼女を助けないという選択肢は、人心に反する。
自衛隊のトラックは、やがて無事に八千代市郊外の小学校に到着。
そこには多くの避難民がいた。特に体育館には、むせ返るほどの熱気が充満し、3月とは思えないほど、「暑苦しさ」を感じた。
そんな中、所在なさげに僕が佇み、どこに座るべきか、考えていると。
「陽介くん!」
見知った声が聞こえてきた。
見ると、パンチパーマのような頭の、小柄なおばさんが小走りに走ってきた。
すぐに気づいた。あれは「山田さん」だと。
山田さんは、母・美穂の古くからの友人で、僕自身が小さい頃からお世話になった人だ。闊達な人だが、少々、お節介が過ぎるところがある。
だが、根はいい人だ。
その山田さんが。
「いや、よかったわ。無事だったのね」
「山田さんもこちらに?」
「うん、そう。いやー、焦ったわ。私、近所のスーパーに買い物に行ってたんだけどね。急に自衛隊の人が来て、トラックに乗せられたもんだから、着替えもないし、もうどうしたらいいのか。仲夏帝国軍だかなんだか、知らないけど、失礼しちゃうわね、まったく!」
そして、聞いてもいないことを、べらべらとよくしゃべる。
まあ、この人は噂話に口さがない、ただの「おしゃべり」なんだが。
「そうなんですか」
適当に相槌を打つ。
「そうなの! ところであなたのお母さんとは連絡はついたの?」
「いえ。携帯を落としたので」
「あら、そうなの。私もなの」
この人はそう言って、呑気に笑っているが、そんな場合ではない。
ところが、ここで意外なことが起こる。
ヒビキだ。
彼女を見た、山田のおばさんが目の色を変えた。
「あら、そのアンドロイド」
「彼女が何か?」
「ひょっとして秋葉原博士が造ったものじゃない?」
「そうですけど、何で知ってるんですか?」
僕の方が驚いて、大きな声を出していた。
この噂話が好きなだけの、無能な、もとい迷惑な、じゃなかったお節介なおばさんに何故そんなことがわかるのだ、と。
そして、ここからが長かった。
「なんでって、ほら。美穂さんが言ってたのよ。知り合いの秋葉原博士から『格安で』譲ってもらったって」
「何ですって? 母と秋葉原博士が知り合い?」
「ええ。何でも大学生時代から知り合いで、昔、告白されたこともあるとかなんとか。それで、秋葉原博士が本来なら法外な値段がするような最新式の優秀なアンドロイドを、美穂さんに格安で譲ったって……」
(マジか。道理で)
と、僕が思ったのは、ヒビキが優秀すぎるからだ。
その性能を考えると、100万円では安すぎる、と思ったほどだった。
ましてや、あの「ガトリング砲」みたいなものを見ると、その思いが強まる。通常のアンドロイドにはありえないが、彼女には自衛機能の武装までついているのだ。
いや、むしろあれは確実に「銃刀法違反」じゃないのか、とも思うのだが、まあそれはこの際、置いておこう。
もっともその彼女自身が、今は死んだようになっているが。
「壊れちゃったの? もしかして、機能停止?」
「いえ。恐らく爆発の影響で」
一応、経緯を説明した。彼女が僕をかばって、大きな傷を負ったこと。それから一言もしゃべらなくなったこと。
「ああ。それなら、秋葉原博士に直接見てもらえばいいわよ」
「えっ?」
「おばさん。美穂さんから聞いて、秋葉原博士のラボの場所、知ってるから」
思いがけない一言だった。
「地獄に仏」とはこのことか。
彼女が、ヒビキが、「壊れた」という絶望すべき事実から、ほんの少しの希望が見えてきた瞬間だった。
だが。
「ダメです。今、外に出るのは危険すぎます」
当然ながら、ここを管理する自衛隊員には止められていた。
そこで、僕は渋々ながらも決意する。
(夜中にこっそり出よう)
と。
見つかれば、タダでは済まないだろう。
だが、僕は、「命の恩人」たる彼女を救いたい、恩に報いたい、そう強く願っていた。
幸い、山田さんから聞いた、秋葉原博士のラボの位置は、船橋市の船橋日大の近く。ここ八千代市の小学校から歩いて1時間くらいの距離にあった。
もっとも、おばさんによれば、秋葉原博士のラボは実は複数あって、船橋のラボはその一つに過ぎないから、そこに博士がいるかどうかまでは保証できない、とのことだった。
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