第3話「燃える地球(3)」

「!」

 ブラッド・オブ・バハムートの回線に妙なノイズが入る。トバイアスが意識を集中すると自動的に周波数が調整され、通信回線が切り替わる。

『……てるか! ……イアス! トバイアス・マクグラン!』

「この声は……」

 トバイアスの顔が朱に染まる。忘れていた古い記憶が再生され、かつて共に過ごしていた少年の顔が浮かんだ。

「ロマンティカか!」

 動揺した声を発するが、すぐさま向こうにこちらの声が聞こえないように調整した。通信の発信元を探りながら、トバイアスはバハムートを降下させていく。

『裏切者が盗んだ機体で聖剣気取りか!卑しい生まれの人間は恥を知らないんだな』

「……おのれ」

 かつて主君と呼んだ少年の声は、トバイアスの胸の傷を刺激する。この機体は確かにトバイアスが受け継ぐべきものではなかった。自覚するがゆえに、怒りの炎がたぎる。

「どこだ! どこにいる!」

 バハムートのセンサーが動体をいくつかとらえる。大型の残骸に隠れているゴブリンが数機。その1機から出ていることを知ったトバイアスは、口角を残忍に吊り上げる。

 バハムートの両手首から銀色の閃光が伸びる。全長7メートルのレーザーソード。それは何としても自分の手でロマンティカを殺したいというトバイアスの殺意そのものだった。

「挑発に乗ってやるぞ!」

 何かしらの罠があるのは承知している。ロマンティカの作戦をほぼ見切りつつ、トバイアスは自らの暴悪に身を任せた。



「いまだ!」

 牽制のロケット弾をものともせずに突進するバハムートに、ロマンティカはトバイアスの殺意を感じていた。こちらの意図は百も承知のはずだが、バハムートの動きに迷いなどなかった。

『うまくいくんだろうな!』

 ホブゴブリンの機銃が炎をあげる。アッシュや小隊の面々に加え、近くにいた部隊も協力して火線を展開している。弾丸と爆薬にまみれながら、赤い竜は一直線にゴブリンを目指している。

「……3……2……1」

 エライザがカウントダウンを続ける。バハムートの動きを追いつつ、ロマンティカも事の成り行きを見守る。

「爆破!」

 エライザの声と同時に残骸に火が点く。ハバムートの頭上にあった大量のがれきが降り注ぐが、電磁装甲がダメージを受け付けない。



「こざかしい!」

 狭い箇所に誘い込んで身動きを取れなくしようという作戦など見落としである。残骸でやや動きが制限されるものの、バハムートはそのままゴブリンへと肉薄する。

 電磁装甲が思ったよりもエネルギーを消費している。しかし、出力低下したとはいえゴブリンやホブゴブリンの武器で傷つくような強度ではない。勝利を確信し、トバイアスは片腕のゴブリンの胸へサーベルを突き立てた。

「なっ!」

 次の瞬間、トバイアスの視界が白に支配される。緩和されているはずの衝撃が全身を打ち、機体が後方に吹き飛ばされるのを感じる。



「やった!」

 エライザが声をあげ、ロマンティカが拳を握る。

 バハムートが攻撃したのは、ロマンティカが放棄したゴブリンである。動力炉を臨界点まで動かし、ありったけの爆薬をしかけてある。

 作戦は単純だった。エライザ機からの通信をロマンティカ機を経由してバハムートに聞かせる。トバイアスの性格と攻撃する速さから考えて、リレー通信に気づく可能性は低い。

「すごいよロマンティカ!ディバインソードを倒すなんて」

 興奮したエライザは、戦果を確認するためにバハムートへ近づく。四散した残骸の量からして、まず助かっているとは考えなかった。

「! エライザ! 下がれ!」

「!!」

 コクピットがひっくり返る。いきなり脚部をつかまれたゴブリンは、そのまま逆さづりに持ち上げられた。

『なめるなよザコが!ディバインソードがこの程度でやられるか!』

 勝ち誇るよりも怒りに震える声が聞こえる。赤い光沢のあった装甲は無惨に損傷し、禍々しい角も1本折れ、片翼も粉砕されている。満身創痍に見えるバハムートであるが、それでもなお起動を止めていなかった。

「なんて頑丈さだ……」

「航空タイプだから脆いんじゃなかったの?」

 責めるような声である。こうなっては勝ち目はない。ロマンティカは唇をかみながら覚悟を決めた。

「!」

「え?」

『なっ!』

 3人の声が同時に響いた。視界が一転し、暗闇と轟音がコクピットを支配する。

「どうした?」

「わかんないよ!多分、爆発で弱った地盤が陥没した!」

 急速に襲った浮遊感と加速。手足だけで体を支えていたロマンティカは、上下左右に揺れるコクピットに思いきり叩きつけられ意識を失った。

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