第12話「黒獣(1)」
南米ジャブロー。かつて、アマゾンの大森林が広がっていた地域だが、現在は渺茫たる荒野がひろがっている。
地球焼失によって人類文明ごと焼却されたこの地は、わずかに植物が再生しているものの繁殖を媒介する動物も昆虫も存在しない状況ではほとんど回復できずにいた。
唯一、アマゾン河だけはかつての流域を取り戻し、荒野をその巨大な流れで分断している。
ロマンティカたちはその河の上をフロートで移動していた。
「こんだけ見晴らしがいいと隠れる場所も何もないな……」
『丘陵を遮蔽物に利用できますが、ほぼ平地と変わりありません。北米で解放された遺伝子プールがここまで広がれば回復の可能性は高いです』
「何年かかるんだよ……」
『計算しますか?』
「……いや、いい」
<G13>のコクピットでロマンティカは栄養飲料を飲みながら待機している。フロートの上にいると日差しで死にそうになるため、気温調整装置の利いているコクピットにいるほうがいいのだ。
モニターを見るとユカたち整備班もフロート内に入っている。時折、何人かが甲板にあがってくるが、すぐに用事を片付けて船内に戻っていた。
「しかし、ヘプターキー4か。カインって言ったっけ」
『はい、カイン・アングリアと名乗っていました』
アッシュの話ではこの地で戦死したヘプターキー4は、アベル・アングリア。名前といい、番号といい、どう考えても親族だ。
「どう思う?あの機体」
『シュバルツ・パンテル。四足歩行型とは珍しいタイプですね』
ロマンティカが視線を向けた先には、漆黒のギア・ボディが眠るように鎮座していた。
流線型のボディはいかにも軽捷に見え、背部に乗せた可動式ブースターがその印象をさらに強めている。黒豹の名の通り、高速で相手をしとめることは容易に想像できた。
『気になるか?ロマンティカ』
「え?」
いきなり通信回線に声が入る。相手がカインであることに気づき、監視されているのではないかと思ったロマンティカは自分の周囲を見回した。
『あわてるなよ。ヘプターキー1からの命令で派遣されたオレだが、別に敵ってわけじゃないんだ。仲良くしよう』
「え……はい」
生返事しかできない自分に顔をしかめるロマンティカだが、それを見透かしたようにカインの笑い声が響く。
「こっちが見えているんですか?」
『そんなわけないだろう。監視カメラをつけた記憶はない。ただな……』
「ただ?」
『空気というかな。そういうのを感じるのが昔からうまくてな。弟にも気持ち悪いと言われていた』
カインがまた笑う。最初出会った時は冷たい印象だったが、思ったよりも温かみのある声色にロマンティカも心をほぐれさせる。
「弟さんがいるんですね」
『いや、いたんだよ。アベル・アングリア。ここで戦死してる』
「……ああ」
自分の予感が当たったことを喜べない。相手の傷に触れてしまったかもしれないと思い黙っていると、カインがまた笑う。
『気にするなよ。もう何年も前のことだ。ただ、コイツは運命だな』
「運命ですか?」
『お話中失礼します。飛行物体が2機接近中。1つは該当情報あり』
「!」
カインとの会話中に<G13>が割って入る。その内容の後半を聞き、ロマンティカの全身が一気に引き締まった。
「ヤツか?」
『該当機体は<ブラッド・オブ・バハムート>。ディバインソードです』
ロマンティカがすぐさま機体を戦闘モードに切り替える。フロート上に待機していた4機のギア・ボディが次々と起動し、回転数を上げたエンジンが戦いの訪れを告げた。
※
「いました!アウターの中型フロートシップです!」
トバイアスが叫ぶ。分析するまでもなくそこに居るのはロマンティカである。複雑な表情を浮かべながら、トバイアスは眼下の標的を見つめた。
「なんで……お前は……」
『テルミドール!どうする?あたしが先に仕掛けてみようか?』
ジェルミナールの声にトバイアスは我に返る。慌てて、彼は横で飛行するギア・ボディに目を向けた。
小型ユニットが背面にくっついた淡いグリーンの機体である。肩についた流線形の大型フィンと、女性的な細い頭部が鳥を思わせるが、その優雅さとは裏腹に恐るべき攻撃力を秘めた機体であることをトバイアスは知っていた。
「じ、自分が行きます!」
『そう?それはつまらないな……。よし!』
ジェルミナールがちょっと考え込んだ後に明るい声を出す。見た目は隙の無い美女に見える彼女だが、どこか少女めいた稚気があるのはディバインソード内でも有名だ。
『早い者勝ちだ!』
「あ、ちょっと!」
ジェルミナールのギア・ボディ<ティアクライス>が一気に降下する。慌てたトバイアスも<ブラッド・オブ・バハムート>の操縦桿を倒して、後を追った。
※
『来たぞ!』
アッシュが<ヴァーミリオン>で威嚇射撃をする。狙撃用ライフルを構えている時間はないため、中距離用のアサルトライフルへ持ち替えている。すべての距離で戦える火器管制システムを持った<ヴァーミリオン>ならではの切り替えの早さだ。
『いきます!』
エライザの声とともに<ラミア>の背部ユニットが展開する。18連装ミサイルポッドから熱感知ミサイルが閃光と共に発射される。
緑色の鳥のような機体へミサイルが命中しようとした瞬間、そのことごとくが空中で爆発した。ロマンティカは機体から射出された種のようなユニットが自在に飛行するのを見てライフルを放つが、それらはあり得ない軌道を描いて弾丸をかわした。
「なんだコイツら!」
『高機動タイプの無人砲台です。小型ですが十分な火力のビーム兵器を搭載しています。お気をつけて』
「気安く言うな!」
フロートを沈められることを恐れ、ロマンティカは<G13>を近くの河岸へと跳躍させる。小型ユニットが3つほどそれを追跡し、ビームを放ってくる。
「くそ!」
両手に電磁装甲を収束させ、ビームを弾く。ユカが機体整備中に休眠中のシステムに気づき、修復した能力の1つである。全身の防御力を大幅に低下させることで、瞬間的かつ小面積ではあるが、スティールダイバーの電磁装甲並みの防御力を得ることができる。
軽やかに空中を動くユニットが次々にビームを放ってくる。連発はできないようだが、3基で連携しているので攻撃に切れ目がない。左右に機体を振って回避しながら、ロマンティカは後方へと離脱しようとする。
「!!」
上空より火柱が降り注ぐ。思い切りスラスターを吹かして急制動をかけ、真横に飛びのく。見上げると深紅のギア・ボディが真っすぐに降下してくるのが見えた。
「トバイアス!」
『ロマンティカ!』
射撃武器を使わず、<ブラッド・オブ・バハムート>がレーザーブレードを抜く、ロマンティカも<G13>のレーザーブレードを抜いて迎撃する。2本のレーザー刃が交差し、光の華が爆発した。
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