第11話「宴」

「うまいな……」

「ええ、本国のものより大分味がいい」

 アフルレッドは、空になったグラスに琥珀色の液体を注ぐ。彼の前に座る青年は、まだ残る液体を大事そうに飲んでいた。

 銀髪を背中まで伸ばした美しい顔だちの青年である。女性のように整っている顔立ちだが、眼と眉に男性的な厳しさが宿っている。真っ黒いコートに身を包んだ彼は、アフルレッドの正面のソファに腰を下ろしている。

「そして、ホンモノのサカナだ」

 生の魚の切り身を指でつまみ、口に放り込む。岩塩を散らした身の味が素晴らしい。口の中でそれを楽しみ、アフルレッドはグラスを空にした。

 アッシュたちが入手した遺伝子データは、アウター上層部から高い評価を受けていた。すでに失われていた動植物の情報はもちろんだが、病原菌に対抗するための抗生物質のデータなどが大量に含まれていたためだ。

 宇宙に進出した人類を悩ませていたのは病原菌への対抗手段であった。地球焼失で大半の医療データが失われ、人類の医療技術は数世紀分後退していた。半面、サイバネティクス技術は長足の進歩を遂げたため、「臓器の病を治せないので、人工臓器に交換する」という治療方法がまかり通っている。

 そんな中で、焼失前の医療技術の一部が発見された。上層部はこれに喜び、いつもは出し渋っている補給物資を大幅に増やしてきたわけである。

「遺伝子データの一部が失われたのは痛かったが、まあコイツが飲めるなら、な」

「そうですか……」

 青年は両手でグラスを持ち、酒を揺らしつつアフルレッドを見つめる。その視線に気づき、アフルレッドは鼻を鳴らす。

「ディバインソードの攻撃でデータの一部が損失。それが生物兵器転用可能なデータのほとんどだった……。まあ、よくできた話だが……」

「特に調査はしないのですか?」

「ディバインソードを撃墜した英雄だぞ?拘束して尋問するよりも使い道がある」

 アフルレッドが笑う。青年は、グラスに残った酒を一気に飲み干した。

「それでボクを……」

「そうだ。連中のとこにお前を派遣する。指揮官はアッシュだが、お前は逐一こっちに情報を流せ」

 青年が椅子に体重を預け、息をついた。顔にかかる銀髪を払い、わずかに視線を空中に漂わせると、決意したように身を起こしてアフルレッドへ向き合う。

「命令書はいただけないので?」

「冗談だろ?出せるかよ」

 アフルレッドが笑う。青年はテーブルにある酒瓶をとると、なみなみとグラスに注いで一気にあおった。熱い息を吐いた青年は、腰を上げてアフルレッドに敬礼する。

「カイン・アングリア。命令を受諾します」

 アフルレッドは、意地の悪い笑みを浮かべ、さらに酒をあおった。



「プリュヴィオーズ……良い男だったのだがな……」

 薔薇を剪定しながら、教皇がつぶやく。庭園に膝まづくディバインソードたちは、何も言わずに床に視線を落とす。

「しかし、まさかディバインソードが倒れる日が来るとは……面白いものだ」

「申し訳ございません」

 ヴァンデミエールが声をあげる。教皇はニッコリと笑うと、深く頭を下げる彼へ手を振った。

「良い、ヴァンデミエール。敵とて必死なのだ。戦場とはそういうものよ。さて、次に<G13>と対峙する聖剣だが…」

 教皇が一同を見回す。

「ヴァントーズは現在単独で作戦に当たっております」

「そうであったな。また、勇猛を振るってアウターどもの首を獲っているのであろう」

 ヴァンデミエールの言葉に、教皇は楽し気につぶやく。そして、残った10本の聖剣を眺めて、口を開いた。

「出撃を希望するものはおるのか?」

「はっ!ここに!」

 声をあげたのは女性だった。ウェーブのかかった赤い髪を豊かに整え、浅黒い肌と大きな目が印象的な美女である。

「ジェルミナール…か。そなたはつい先日帰還したばかりではないか」

「ご心配はご無用。すでにこの体が戦を欲しております!」

 ジェルミナールが挑発的な笑みを浮かべる。トバイアスは決然と顔を上げた。

「猊下、このテルミドールにお任せを。プリュヴィオーズの無念を晴らさせていただきたく存じます」

「逸るなテルミドール。<G13>を倒すことはならんぞ」

 トバイアスの言葉をヴァンデミエールがたしなめる。その様子を頼もしげに見ながら、教皇は柔らかな笑みを浮かべた。

「良い。若者の血気は仕方あるまい。それに、倒してはならぬ相手と戦えというのは難しい。いかに聖剣といえども、不覚を取っても不思議ではない」

「は……」

「報告によれば、<G13>を援護する者たちも油断できぬようだ。で、あればヤツの手足をもぎ取る必要があるな」

 教皇は薔薇を2本抜き、ディバインソードへと投げた。赤い薔薇はトバイアスの前に、黄色い薔薇はジェルミナールの前に落ちる。

「猊下…」

「今回は二振りの聖剣を使う。手足をもぎ取るのだ」

「「はっ!」」

 ジェルミナールとトバイアスが頭を垂れる。微笑む教皇の横顔をヴァンデミエールはじっと見つめていた。



「うっほー!お魚うっまーい!」

 エライザが塩焼きにした魚を食べて叫び声をあげる。アッシュは黙々と食べながら、配給された高級飲料を飲んでいる。ウイスキーに似た味はするものの、一切酔うことのない合成酒だが、それでも滅多に手に入らない貴重な物資である。

「こんなの食べたら、配給食が泥に思えちゃうわ。罪な味だわ」

「ほんとほんと」

 エライザの言葉に、ユカが同意する。最初は警戒していた他のスタッフたちも二人の様子に刺激を受け、恐る恐る口にし始めている。

「この苦いのがダメだな。今度は取ろう」

「そう?あたしは好きだけどな」

 ユカがしかめっ面で内臓を吐き出す。エライザは気にすることなく、頭から魚をむさぼっている。

「ロマンティカ。焼いてばかりいないでお前も食べろ」

「……あ、いや」

 ロマンティカが曖昧な返事をする。

 ここにある魚たちは、スティールダイバーとの戦闘に巻き込まれた魚たちである。海面に浮かんできたものの中からまともそうなものを選び、ロマンティカがグリルで焼いている。

 実は味見したときからロマンティカは、魚が苦手であることに気づいていた。焼くこと自体は楽しいが、どうもこの匂いが受け付けない。最初に提案したのが自分であることから、それを告げられず、彼は黙々と魚を焼いている。

『魚の調理方法には刺身というものもあります。生の切り身を調味料をつけて直接食べる方法です』

「……やめとく」

『了解しました』

<G13>の提案を断り、ロマンティカはまた魚を裏返す。火が通ったからどうかは<G13>の熱センサーが判断している。ギア・ボディの使い道としてはどうかと思うのだが、そのおかげで1匹も無駄にならずに済んでいるのは事実だった。

「そういえば、次の目的地はどこなんだ?」

『センサーでは南方です。焼失前には大きな河と熱帯雨林が存在していましたが、現在はわかりません』

<G13>とやり取りしていると、皿を持ったアッシュがやってくる。数匹の魚をのせてやると、アッシュは降着している<G13>を見上げて声をかける。

「オレにも場所を教えてくれ……。なるほどな……」

「知ってるんですか?」

 ロマンティカが聞くと、アッシュはやや顔を引き締める。どうやら厄介な場所らしい。

「いや、行ったことはないんだが、昔ヘプターキーのメンバーを含む調査隊を送ったことがある」

「何があったんですか?」

 どうやら苦い記憶らしい。アッシュが眉を険しく寄せる。

「全滅した。20機のギア・ボディが1機も生還できなかった。当時ヘプターキー4だったアベル・アングリアも戦死している」

「ヘプターキーまで……」

 アウター最強の傭兵が弱いはずがない。それを含んだ部隊が全滅するなど、よほどのことがあったに違いない。

「敵はディバインソードですか?」

「わからん。まともな通信記録もなかった。ただ……」

 アッシュが言葉を濁らす。ロマンティカは次の言葉を待ち、いつの間にかエライザたちも食事の手を止めていた。

「黄金の獣がやってくる、と……」

 アッシュがそう言って酒を飲む。酔わないはずの合成飲料がひどく彼の顔色を変えるのをロマンティカは見つめていた。

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