第4話「燃える地球(4)」

「くそっ!」

 異音が響くコクピットでトバイアスは自らの不用意さを嘆く。

 ブラッド・オブ・バハムートは落盤事故から強引に脱出し、空中に逃れた。電磁装甲もほぼ機能不全を起こし、故障を示すアラートと赤文字が表示されている。

 それでもなお、自力飛行ができているのはディバインソードの面目躍如といえる。並みのギア・ボディならば脱出さえできない。

「ロマンティカ……」

 ポッカリと空いた穴の底は見えない。半分以上が死んだセンサーでは深度をはかることもできない。

 だが、とどめを刺さなければならない。トバイアスの決意は揺らぐことはなかった。

「もう少しだけ動けよ。バハムート」

『テルミドール……やっと繋がったか』

 操縦桿を前に倒そうとした瞬間、通信回線がクリアになる。公試評価担当の技術士官ではない声に、トバイアスの背筋が凍った。

「ヴァデミエール……」

 音声だけだが間違えようのない声である。鋼が話すならこんな声であろうという押し殺した武骨な声。はじめて会った時の威圧感を思い出し、じっとりを汗が浮く。

『評価試験の時間は終了している。ただちに帰投しろ』

「しかし、こちらはアウターの降下部隊と遭遇。それに……未知の遺跡反応が……」

『それは了解している。任務は他のディバンソードが引き継ぐ。今は帰投しろ』

 トバイアスの言葉にも、鋼は一切乱れない。

 ここでロマンティカを逃すことはしたくない。トバイアスはそのことを隠しつつ、任務続行を要請する。しかし、ヴァンデミエールの言葉は揺らがない。

『猊下がお呼びだ』

「猊下が!?」

 猊下とはディバンソードが使える人物である。尊敬を込めて教皇と呼ばれるその人物は、トバイアスがディバンソードに名を連ねることになった恩人でもあった。

『まさか、それでも命令に服さぬつもりか?』

「い、いえ…」

 ロマンティカのことが一瞬だけ吹き飛ぶ。ヴァンデミエールと猊下を敵に回すことだけは避けたい。唇をかみつつ、トバイアスは戦域離脱を決意した。



「ん……」

「お、気が付いた?」

 冷たい感触を額に感じてロマンティカが目を覚ます。エライザが小さなランタンライトを置き、こちらを見ている。額にあてがってあった冷却シートをそのままに、ロマンティカは身を起こした。

「ここは……って落ちたのか」

「うん。アタシのゴブリンもダメだわ。両脚が全然動かない」

 頭上を見上げるが一切光が見えない。何十メートルどころか何百メートル落ちた可能性がある。よく無事だったものだとロマンティカは冷や汗をぬぐった。

「もう1時間くらいここにいるからね。あの赤いヤツは追ってきてないみたい」

「そうか……」

 逃がしたか。いや、見逃されたのだろう。ロマンティカは痛む体を我慢しつつ、立ち上がった。

「上にあがるのも無理っぽいわ。ゴブリンも動かないし、たかが新人傭兵2人に救援なんて出さないでしょ」

 エライザは座ったまま動きもしない。諦めた表情で首を振っている彼女を無視し、ロマンティカは周囲を見回す。

 ランタンの光でわかるのはせいぜい数メートル程度。平坦な地面の様子からして、人為的な建築物らしい。

「ねえ……アタシたち、ここで死ぬの?」

「ん、多分ね。でも、まだわかんない」

 両ひざを抱えてエライザが不安そうにつぶやいた。素直に答えたロマンティカだが、すぐにそのことに後悔する。

「アタシね。小惑星専門の鉱山夫(マイナー)の子でね。オヤジが事故で死んじゃって、作業用ギア・ボディのリース代金を払うために傭兵になったんだ。入隊の支度金も全部家族に送ったから、もういいんだけどさ」

「そうか……」

「これでおしまいかぁ」

 能天気に言っているが声が震えている。こういう時、どうすればいいかわからず、ロマンティカは視線をそらして上方を見上げた。

「アンタは?」

「え? いや、オレは…」

「だいぶ訳ありに見えるけど」

 エライザの言葉に子供の頃の記憶がよみがえる。自宅の庭園に父と母がいる。母の腕には生まれたばかりの妹がおり、ロマンティカは彼らのもとへ走っていた。

 何かに躓いて転びかけたロマンティカを少年が受け止める。兄のように慕っていた男の顔を思い出し、現実へと戻った。

「……言えないか。まあ、いいや」

 エライザの言葉にロマンティカは答えなかった。ただ、何を探すでもなくじっと暗闇を見つめていた。


 ヴゥゥゥン


「!」

「どしたの?」

 ロマンティカの視線が光をとらえる。本当にかすかな光が明滅している。幻ではないことを確認し、彼は置いてあったランタンライトを持ち、光の指向性を照明からサーチに切り替えた。

「!!!」

 光が捉えたものを見てエライザも立ち上がる。

 ライトが照らし出したものは、真珠色に輝くギア・ボディであった。ガレキの中に埋もれてはいたが、装甲は磨き上げたようになめらかで、各部は鋭角なエッジを描いている。

「ディバンソード?」

「いや、違うと思う。似てるけど……」

 通常のギア・ボディとは明確に違うフレームは、ディバンソードのものを思わせる。だが、その外観に妙な親近感を感じて、ロマンティカは手を伸ばす。

『生体を認識しました。解析開始』

 ギア・ボディの頭部に灯った光が強さを増す。光の筋がロマンティカの額に当たり、そして全身をくまなくスキャンする。

「アンタ!」

「いや、大丈夫。ただのセンシングだから」

 心配そうなエライザの声に、ロマンティカは手を軽く上げて無事であることを知らせる。半ば立ち上がったエライザがヘルメットを胸に抱きながら心配そうにこちらを見ている。

『生体確認しました。お久しぶりです、アーサー・グラン』

「アーサー?」

 自身の姓を呼ばれたロマンティカが驚いた表情を浮かべた。すでに忘れかけてきたグランという姓が、こんな地の底で聞けるとは思わなかった。

「オレはアーサー・グランじゃない」

『遺伝子一致率97%です。アーサーもしくはその近親者であると認めます』

 都合の良すぎる展開に神のイタズラを感じる。だが、それを拒否する選択肢はロマンティカになかった。

「お前の名は?」

『G13。ジェネシスシリーズの最終モデルです。すべてのギガントに勝利するべく作られた最後の執行機(エグゼキューター)です』

「G13。オレの名はロマンティカ。搭乗者を更新しろ」

『搭乗者・ロマンティカを更新。ようこそ、マスター』

 G13の胸部が開く。脚をかけてそこに上ると、何もないガランとした空間が広がっていた。

『操縦席をマスター準拠で製作します。後方の生体の席もお作りしますか?』

「……頼む」

 ロマンティカの言葉と同時に、壁面が波打ってシートとコンソールが形成される。ゴブリンとほぼ変わらない見慣れたレイアウトだった。

『マスターの認識を共有し、もっとも簡易な操縦システムを形成しました。もうしわけございません。この形態では基本性能7%しか発揮できません』

「いや、十分だ。エライザ!」

 エライザを作ったばかりのサブシートに乗せ、ロマンティカはメインシートに

身体を預ける。隙間のない完璧なシートの作りに驚きつつ、出現した操縦桿を握る。

「ここから地表へ出たい。できるかG13」

『了解しました。再起動プログラムを形成…完了。メインスラスターを起動します』

 震動もなくメインスラスターが起動する。ガレキをはねのけながらゆっくりと上昇する視界を前に、ロマンティカはあることを決意するのだった。


第1話「燃える地球」完

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