第6話「傭兵たち(2)」

「つまり、技研としては、この子の実戦データを取りたいわけよ。今じゃ失われたロストテクノロジーの塊だからね。センチネルのディバインソードに対抗する技術が見つかるかもしれないじゃない」

 駐屯地の食堂で疑似アイスクリームを食べながらユカが説明する。頬杖をついたままのエライザは、つまらなそうに空になったアイスクリームカップを揺らしていた。

「ホントは木星の本局ラボに持っていきたいとこだけど、アンタのところの司令官がダメだって行ってさ。仕方ないんで第3分局のアタシらがやるってわけよ。ラッキー!」

「なんでラッキーなのよ?」

「そりゃ、こんな地球みたいな辺鄙なとこに来させられたんだから、最新兵器の分析でもしてないとね」

 ユカの言葉に、エライザが意地悪な笑みを浮かべる。ロマンティカはイヤな予感がした。

「ははーん、アンタは左遷組ってわけか。木星の本局から追い出されて前線送り。いやー、大変よね」

「は? 違うし! ディバインソードの研究のために志願したんだし! 頭なでんな!」

 立ち上がった長身のエライザが小柄なユカの頭をなでる。ムキになるユカを見て、エライザはさらに強く頭をなでてやる。

「やめろよ~!」

「にゃはははは」

「仲が良さそうだな」

 エライザとユカが同時に硬直する。合成食をのせたトレイを持ったアッシュが2人の後ろに立って、冷たく声をかける。

「た、隊長」

「司令官より辞令が出た。オレたちは中央司令部より離れ、独立戦隊として単独行動をとる」

「あ、それが第十三独立戦隊ってわけですか」

 ロマンティカの声にアッシュの眉が少しあがる。そして、首をすくめているユカをジロリとにらみ、何も言わずにテーブルを離れた。



「あ~、びびった~」

「寿命ちぢんだ~」

 椅子に腰を落としてエライザとユカが大きく息を吐く。ロマンティカは、トウモロコシ味のするスナックをかじりつつ、2人のやり取りを眺める。

 すぐにエライザがユカの方を向いて笑みを浮かべる。出撃では不愛想なイメージだったが、兄弟が多いせいかコミュニケーションは得意なようだ。

「ちぢんだのは身長じゃないの?」

「はあ?」

 ユカがエライザのイジリに怒る。だが、すぐにロマンティカを向いて、彼女を無視する。エライザはちょっと驚いた顔を見せ、黙って椅子に背を預けた。

「さっき、隊長が言った通りよ。アンタらと私、そのほか支援スタッフで独立戦隊が編成されるの。私はあのG13の分析官と支援チームのリーダーを務めるわ。武装や整備のことは全部言ってね」

 ユカが手を差し出す。ロマンティカはスナックを口にくわえたまま、その手を握ろうとする。だが、ユカの顔を見て、スナックをトレイに置き、手についた粉を払う。

「よろしくね。ロマンティカ」

「よ、よろしく、ユカワさん」

 笑顔を見せるユカと柔らかい手の感触に、ロマンティカの顔が熱くなる。エライザはそんな2人を頬杖をつきながら眺めていた。



「おおおおお!」

「すごいな」

 ハンガーに運ばれてきたギア・ボディにエライザが歓声をあげ、ロマンティカが感嘆する。

 ライトグレーの機体色に扁平な頭部。地上戦用に機動力の高いクロウラーを搭載した脚部と、両肩に装甲板を追加した腕が特徴的なギア・ボディだった。各部装甲もゴブリンのものとは比べ物にならない堅牢さを持っているのがわかる。

「B級ギア・ボディの傑作ラミアよ。こいつは陸戦カスタムのタイプG」

「こ、こいつがアタシの機体ってこと? すげえ!」

 駆け寄ったエライザがさっそくハッチを開けて乗り込もうとする。しばらく間があって、エライザがロマンティカとユカのほうへ声をかける。

「複座なんだけど~」

 エライザの言葉にロマンティカはユカのほうを見る。ユカはメガネをクイッとあげ、こちらに自慢気な顔を見せた。

「コイツはタイプGでも情報収集のために私が手を入れたGRなのよ。本来は背中にデッカい射撃支援バックパックがつくんだけど、その代わりに電子戦バックパックをつけてるわ。駐屯地で余った部品で作った急造品だけど性能は保証する」

「コイツ、偵察型なの?」

「しいて分類するなら管制機かな。センサー範囲だけなら、アウターのどの機体にも負けないわ」

 エライザが何か不服そうな顔をしている。ロマンティカもあることに気づき、ユカに確認してみる。

「複座ってことは、エライザ以外にも乗るんだよね」

「私が乗るわ。エライザ!コイツはG13のデータを収集する貴重な機体なんだから絶対にやられないでよね!」

 エライザへ指を突き出し、ユカが命令口調で言う。エライザは軽く息をつくと、ハッチの片足をかけ、中指を立てて言い返した。

「やられるつもりはないわよ!アンタこそコクピットでチビらないでね!」

「はぁ?!」

 また口論がはじまる。ロマンティカは2人のやり取りに呆れつつ、どこか楽しさを覚えている自分がいることに気づいていた。



 真っ白い男だった。

 薄いヴェールの向こうで、花をめでている男は、真っ白な癖のない髪を背中まで流している。ヴェール越しではわからないが、足まで隠れる白い法衣は同じく白い糸で精緻な刺繍が無数に施され、シンプルながらすさまじい手間がかかっている。

「猊下……」

 ヴァンデミエールが声をかけても、男は花へ水をやるのをやめない。その斜め背後にいるトバイアスは、ちらちらとその様子を見つつ、胸に手を当てて片膝を床についていた。

「よかった。テルミドールの帰還に間に合った」

「は……」

 ヴェールを開け、男が階段を下りて来る。片手に赤いバラを一輪持っており、頭をさげるトバイアスの肩へそっと置く。

「花の盛りは短いのでな。お前に見せられて良かった」

「はっ!」

 男がわざわざ膝をつく。驚いて顔をあげるトバイアスの胸元に赤いバラが咲く。

「しばらくしたら枯れる。一緒に連れて行ってくれ」

 立ち上がった男が微笑む。まさかこの花のために呼び戻されたのか? トバイアスの顔に困惑の色が広がった。

 男の本名は知らない。ディバインソードは革命月のコードネームのほかに本名があるが、彼は尊称と役職名でしか呼ばれることはない。

 教皇。センチネルの最高軍事組織ディバインソードを統べる者の役職である。

「さて、テルミドールが発見した遺跡には旧時代の機体が眠っていた。アウターがそれを回収したのも確認した」

「はい……」

 教皇の言葉にヴァンデミエールの声は揺らがない。あの時、追撃していればというトバイアスの悔恨を見透かすように教皇は言葉を続ける。

「G13が起動したのは喜ばしい。アレは我々では動かすことができん代物だからな」

「……!」

 教皇の言葉にトバイアスの顔があがった。慌てて顔を伏せるが、動揺は隠せない。教皇は鼻でフッと笑うと居並ぶディバインソードたちへ声をかける。

「今後、我々はG13の行動を追う。あの機体には旧時代の遺跡の情報が眠っている。つまりヤツの動きを追えば、残りの遺跡が見つかるというわけだ」

 教皇が艶やかな笑い声をあげる。トバイアスは、情報を一切知らされてなかった屈辱を隠しながら、次の言葉を待った。

「さて……G13の監視だが……誰に任せようか」

 自分しかいない。トバイアスは屈辱の炎をひた隠しながら、決意の面持ちで顔をあげる。

「そうだな……」

 年齢不詳の顔立ちは一見して性別もわからない。細胞活性化技術で80歳でも20代に見える時代なのだから不思議ではない。だが、教皇の雰囲気はそういったモノを越えた怖ろしさを感じさせた。

「卿(けい)にお願いしよう」

 教皇が袖から細いやせた指を伸ばす。指の先をディバインソード全員が追い、1人の男が不敵な笑みで彼らの視線を受け止める。

 東洋系の顔立ちの若い男。黒髪を首あたりで結び、前髪を一房だけ垂らしている。身なりに気を使うという噂通り、黒い東洋風礼服のいでたちに一部の隙もない。

「承知しました。このプリュヴィオーズ。お役目を必ず果たします」

 ニヤッと笑うプリュヴォイオーズと対照的に、トバイアスの顔に失望が浮かぶ。ハッと気づいて教皇の方を見た彼は、教皇がいたずらっぽくこちらを見ていることで背筋を冷たくした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る