第7話「傭兵たち(3)」

 ギア・ボディは高い機動性を有するが長距離移動には向かない。各部が複雑な形状をしているので、移動時でさえ常に機体ダメージを受け続けるためである。

 そのため、ギア・ボディは大型の輸送ユニットで運搬されるのが一般的である。ロマンティカらは、司令部が用意した大型ホバークラフトで、作戦区域へと向かっている。

 全長40メートルの上部甲板に露天駐機されたギア・ボディは3機。G13、ラミアともう1機、アッシュのギア・ボディが乗っている。

「まさか、隊長が元A級だったとはね……」

 ミラーグラスにタンクトップのエライザがヴァーミリオンを見上げてつぶやく。機体調整を終えたユカとロマンティカも隣に立って機体を見上げる。

 アッシュが新たに搭乗した機体はA級である。機体名はヴァーミリオン。量産機であるB、C級と違い、A級はそれぞれ搭乗者が設計発注するオーダーメイドである。両肩に多層プレート装甲を持ち、頭部に鋭いエッジを持った機体は、「深紅の騎士」を思い起こさせる。

「ヴァーミリオン、伝説のヘプターキー1。今は脳筋のアフルレッドがやってるけど、アッシュは元隊長だったのよ」

「つまり、アウターの司令官だったってことよね。それがなんで新兵引率任務なんてやってたの?」

 ユカの説明にエライザが首をかしげる。黙々と機体をいじっているアッシュに誰も声をかけない。怖いのだ。

「地球に来る前にデカい失敗をしたって話なんだけどさ。それ以上は知らない」

「デカい失敗? なんか不安になってきた。どう思うロマンティカ」

「え? 隊長はベテランだし、いい指揮官だと思う。この前だって、損害があれだけで済んだのはあの人がいたからだよ」

 アッシュは無口でとっつきにくいところはあるものの、部下の意見を聞き、適切な判断のできる人物だと思っている。エリート部隊の指揮官を辞めるほどのミスを犯すとは思えず、ロマンティカも事情を知りたい気持ちはある。

「どうした?」

 手を吹きながらヴァーミリオンから降りて来るアッシュに、全員が視線を逸らす。特に強面というわけでもないのだが、その視線に何かを見透かされそうな気がするのだ。

「あの…えっと……」

『マップデータが更新完了』

 口ごもるロマンティカを助けるようにG13の音声が全員に届く。全員の手の平が光り、ディスプレイが浮かび上がる。それは衛星データを基にした地表のデータであった。

『南東120キロ先に反応があります』

 おのおのがマップを操作する。

「行ってみる必要があるな……」

 アッシュの言葉にロマンティカがうなずく。しかし、ユカはそれを見て、何度も首をかしげた。

「ここって海じゃない?」

「え?」

「海?」

 ロマンティカとエライザが同時に声をあげる。

「海って何?」

「えっと、後でユカに聞いてよ。G13、場所の情報はある?」

 ロマンティカに邪見にされ、エライザが頬を膨らませる。ユカが自慢げに軽くこづくのを横目に、ロマンティカはアッシュと地形情報を探る。

『かつての地名はマンハッタン。現在は地盤陥没で深さ2000メートルの海底になっています』

「そこに何かあるってわけか……」

『ギガントのコアユニット研究施設があったのはデータに残っていますが、詳細は不明です』

「水中か。敵と出会いたくはないな。特にディバインソードには厄介なヤツがいる」

 アッシュがつぶやく。

「厄介なヤツ?」

「水中戦を得意としているヤツが1機いるんだ。水の中では正直手がつけられん。たしか機体名は……」



「<スティールダイバー>の調整は終わってるな!」

「はっ!アクアジェットシステムも全基良好です!」

 ヘルメットを被りながらプリュヴォイオーズが整備兵に聞く。耐圧ジャケットを羽織り、手袋をはめた彼は、比較的広い愛機のコクピットに身を沈めていく。

『ハイウォン』

「おう、トバイアスか。今から出撃だ。武運を祈ってくれ」

 ヘルメットにトバイアスの顔が映し出される。プリュヴォイオーズことツァオ・ハイウォンは、笑いながら計器をチェックしていく。

「さすがは猊下だ。ヤツらの行き先が海だとわかっていたのだろう。我らの人智の及ぶ御方はないな」

『水中戦ならば貴様の<スティールダイバー>が後れを取ることはあるまいが……』

 トバイアスが口ごもる。ハイウォンは白い歯を見せて自信ありげな顔をする。

 トバイアスとハイウォンは同い年で、ディバインソードに入った時期もほぼ同じである。自然と仲良くなっていたが、トバイアス自身は自らの出自ゆえに名門出身のハイウォンに引け目を感じている。

「猊下からは遺跡奪取のみを行うように命じられているからな。撃破できないのは少しめんどうだ。まあ、私とこの<スティールダイバー>ならば……」

 ハッチを閉じると、ゆっくりと<スティールダイバー>が下降していく。蒼紺の機体がエイを思わせるさらに巨大なユニットに接続する。スティングレイと言われるツァオ家が誇る水中機動ユニットである。

「<キラーホエール>1番機から4番機まで配置完了しました」

 全長70メートルを超えるスティングレイには、ギア・ボディを曳航する機能も備わっている。<スティールダイバー>の護衛機として開発されたギア・ボディ<キラーホエール>が4機、スティングレイの巨大なヒレにつかまっていた。

『油断するなハイウォン。貴様は撃墜できないが、相手はそうじゃない』

「わかっているよ。私はそこまで間抜けに見えるのか?もしもの時は……」

 撃墜する。そう暗にほのめかし、ハイウォンは笑った。G13とパイロットが切り離せないのであれば、両手足をもぎ取り、パイロットごと連れてくればいい。言うことを聞かせる方法などいくらでもある。

「では、出撃する。私の勝利を祈ってくれ」

『勝利の栄光をキミに、だな』

 トバイアスの言葉を聞き、ハイウォンが前髪をいじる。そして、通信を切ると生物がいない海へと<スティールダイバー>を躍らせた。


第2話「傭兵たち」完

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