第8話「スティールダイバー(1)」
「うわ~、海の中って何もないのね~」
「地球焼却後にできた海だからな。昔はものすごい数の生物がいたっていうんだけどさ」
「ほうほう」
インカムから聞こえるエライザとユカのはしゃいだ声が微笑ましい。ロマンティカは、眼下に広がる都市廃墟を見ながら、マーカーの場所を探す。
水中兵装の<ラミア>が<G13>の横を進む。アッシュの<ヴァーミリオン>は海上で敵の警戒を行っている。
各部防水処理とスクリューとバラストタンクがついた水中兵装がついた<ラミア>に比べ、<G13>は何の追加装備もない。『本機は全局面対応です』と断言した<G13>の言う通り、多少の機動性低下はあるものの<G13>は良好に海中を進んでいる。
「死の海か……」
地球焼却によって、海はすべて蒸発した。当然ながら魚類や海藻類、プランクトンもすべて焼き尽くされ絶滅。現在の海は、水蒸気が雨となって地表に戻り、大地の岩塩が溶け出して塩水となったニセモノの海である。
眼下に広がるのはかつてニューヨークと呼ばれた街の残骸である。高層ビルだった残骸を縫いながら、<G13>と随伴する<ラミア>は目的地を目指す。
『上空、海上ともに反応はない。海中はどうだ?』
「こちらのレーダーにも反応はないです。ただ、地形が入り組んでるんで電波反射がひどいね」
ユカの言葉にロマンティカも同意する。深度がさがるごとに視界も暗くなってきており、レーダーの精度低下もあって不安感が増す。
『下方120メートルに目標発見』
「よし!」
さっさと遺跡を調査して海上に戻りたい。音さえもない暗く冷たい水中に、ロマンティカは言い表せない恐怖を感じつつあった。
モニターに輪郭補正した遺跡が強調される。半壊した建築物の奥に堅牢そうな扉が見える。
「開けた瞬間に水が流れ込んでダメになるって可能性はあるか?」
『……。解析しましたが空気だまりは確認できません。完全に水没しています』
「信じるぞ」
海底に着地した<G13>は、左腕に装備したレーザーソーで金属扉を焼き切ろうとする。高温にさらされたにも関わらず、一切の破損もない扉だったが、超音波とレーザーを複合させた特殊切断機はものともしない。
「アッシュ、中に入る」
『了解した……通信限界だ……無事で戻れよ』
「了解」
念のため、<ラミア>を入り口に残し、<G13>が遺跡内に侵入する。肩についたライトとエコーによる解析画像を頼りに、狭苦しい通路をゆっくりと進んでいく。
「こんなとこに攻撃を受けたら一発で身動きがとれなくなるな」
『そういうことはおっしゃらないほうがよろしいかと……』
「そうか……」
曲がりくねった通路を抜けると大きな円筒型の吹き抜けに出る。ギア・ボディが十分動き回れるだけの巨大な空間をさらに降下し、ロマンティカは目標を探す。
「!」
黒い影がいきなり眼前を横切った。驚いて右腕のレーザーライフルを放とうとするが、その正体を知って瞬時に引き金から指を離す。
「そんなバカな……」
それは子供の頃に電子資料で見たそのままの姿をしていた。流線形の銀色のボディを持ち、尾びれを優雅にゆらして<G13>の前を過ぎ去っていく。
「アレって……」
『Scomber australasicus。通称ゴマサバです』
見回すと、そのほかにもタコやイカ、雑多な魚たち。地球焼却前の生物がこの空間では存在している。信じられない光景を前に、ロマンティカは絶句する。
「どういうことだ」
『無人になってからも、遺伝子データから生物の再現を行っていたようです。この水域では地球焼却以前のさまざまな海棲生物が再現されています』
「再現……」
指先にまとわりつくように泳ぐ小魚の群れや、美しく明滅するクラゲなど、ロマンティカはしばらくその光景に見とれる。人間の手が入っていない生物体系など、彼の人生でははじめての経験である。
「こいつらが外に出たらどうなる?」
『時間がかかるでしょうが、海が本来の姿に戻る可能性はあります』
「本来の……姿……」
ロマンティカの世代にとって想像もつかない。海というものはデータとフィクションの中にしか存在しない世代なのだ。ピンとくるわけがない。
「ここの遺伝子データは、ただの自然環境保全用ってわけか……」
『いえ、そうではありません。地球に存在したすべての遺伝子情報見本が存在します。人間、魚類、昆虫、病原菌……』
「病原菌?」
ロマンティカの頭が現実に戻る。
『はい、ペスト、天然痘、エボラなど、あらゆる病原菌が記録されています。それらの遺伝子情報を組み合わせて、新たな生物兵器も開発可能です。アクセスなさいますか?』
<G13>の言葉に、ロマンティカの背筋が寒くなった。その気になれば、この遺跡の遺伝子データを使って、滅びたはずの死病を復活できるということだ。そんなものをセンチネルやアウターが使えば……。
『ロ……ティカ! ちょっと……聞いてる?』
考えをめぐらすロマンティカの耳に途切れ途切れにエライザの声が聞こえた。入口にいる<ラミア>ならここまで電波が届くらしい。<G13>が通信感度を上げ、ロマンティカはより通信状態のいい場所に行くべく、遺伝子保管庫を離れる。
「どうしたエライザ」
『繋がった! センチネルのギア・ボディが水中で仕掛けてきた! 一端そこを離れて!』
最悪のタイミングである。アッシュから聞いた情報で対策はしていたのだが、どうしても緊張してしまう。ロマンティカは、<G13>を入口へと向けた。
※
「ちょこまかと!」
「右!右!いやぁぁぁぁ!下からも!」
「うっさい!」
操縦桿を握って敵を追うエライザが怒鳴る。サイドシートのユカは、ヘルメットを両手で抑えつつ、悲鳴をあげてばかりだった。
敵は4機。両肩に目立つ推進ファンを装備し、水中用にカスタマイズしたタイプだ。こちらの攻撃をかわす動きから手練れであるのがわかった。
「でも、ディバインソードよりは弱い!」
発射されたモリをつかみ、一気に距離を詰める。牽制で放ったニードルを腕装甲で強引にはらいのけ、その頭部にモリを突き刺す。
「ひとつ!」
「おおおおおおおお!すっごい!」
「うっさい!」
残り3機。ユカが調整した<ラミア>は、エライザの思い通りに動いてくれる。一瞬で動きを止めれば、撃墜される緊張感の中、エライザは次の獲物を探した。
「1機?ほかはどこに?」
敵のギア・ボディが突っ込んでくる。腕のラウンドシールドをかまえた直線的な動きを見て、一瞬相打ちを予感したエライザは、<ラミア>の両腰に装備した魚雷を発射する。
「!」
「増えたよ!」
ユカの言葉を聞くまでもない。敵のギア・ボディは魚雷を交わしながら3つに分かれる。一列に並んでこちらをかく乱する戦術だったようだ。手慣れた動きに相手の技量を感じ、背筋に冷たい湿気を感じる。
「古い手を!」
先頭の1機を思い切り殴りつけ、上方から飛び込んでくる2機目へ圧搾空気弾を放つ。両方とも致命傷ではないが、相手の前進が緩む。エライザの操る<ラミア>は下から回り込んでくる3機目を蹴りつけ、攻撃をしのいだ。
「うしろ!」
「なっ!」
頭部を破壊したギア・ボディが魚雷を放った。致命傷だと思ったのだが、まだ死んでいなかったらしい。自身の不用心を呪い、彼女は死の予感に息を飲む。
「エライザ!」
魚雷が閃光によって吹き飛ぶ。モニターを見ると白いギア・ボディが彼女の背後につくのがわかった。ロマンティカの到着に、ユカとともに軽く安堵の息がもれた。
「こいつら、例のヤツら?」
「そうみたい。アッシュの予感通りだね」
「当たってほしくはなかったが、な!」
遠巻きに包囲する4機のギア・ボディへ<G13>が攻撃をしかける。破損がひどい1機が難なく撃墜され、泡を噴き上げながらゆっくりと海底へと沈んでいくのが見えた。
「気を付けて!まだ本命がいる!」
「わかってる!」
ロマンティカが叫んだ瞬間、レーダーが巨大な動体を検知する。それを見て、3人はその本命が来たことを確信した。
アウターの地球侵攻拠点は、すべて大陸の奥深くに存在する。海岸はおろか、大きな河川からは必ず距離をとるように方針で決められているのだ。
その理由はただ1つ。
水中には絶対者がいる。
鋼鉄の鰭翼(スティングレイ)をまとった水怪。
スティールダイバー。
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