第9話「スティールダイバー(2)」

 深海の闇から接近する巨大なスティールダイバーのシルエットは、まるで存在することのないはずの太古の水怪を想わせた。

『高エネルギー反応です』

「!」

 気泡の渦が<G13>をかすめる。直撃を回避したと思ったのだが、機体はすさまじい水流にバランスを崩される。必死に機体を制御しながらロマンティカは、優雅ともいえる軌道で旋回するスティールダイバーを追う。

「なんて威力だ……」

『分析完了。アクアジェットで取り込んだ水を超高圧で凝縮し、塊として発射しています』

 分析結果を聞いてロマンティカは愕然とする。水を砲弾として発射するということは、この海域すべてがスティールダイバーの弾薬庫になる。

「ヤツの動力源は?」

『水です。海水を電気分解した水素を燃料としています』

 水を動力として動き、水を武器にする。光をゆらめかす海中の光景がロマンティカには絶望に見えた。



「アクアジャベリンをかわすか。水中だというのになかなかやるな」

 プリュヴォイオーズことハイウォンは笑みを浮かべ、もがくように機体を立て直している<G13>を眺める。

 モニターが<G13>からの攻撃を表示する。しかし、圧搾空気で放たれた弾丸は、スティングレイが作り上げる電磁障壁によって空しくはじき返されていく。

「効くわけがない。水中のスティールダイバーは、どのディバインソードにも倒せん」

 無尽蔵ともいえるエネルギーによって、スティールダイバーの電磁障壁は幾層にも展開され、破格の堅牢さを誇る。回避することもせずに、ハイウォンは優雅に機体を進めていく。

「逃げれば追わんよ。さっさとしっぽを巻きたまえ」

 また攻撃が拡散する。相手の無駄な努力にうんざりしつつ、ハイウォンは周囲を状況を確認する。

「?」

 <G13>が廃墟を盾にして、こちらの視界から逃れようとする。離脱するのかと思えば、攻撃をしかけてくる。トバイアスの乗るブラッド・オブ・バハムートの戦闘記録を思い出し、ハイウォンは笑みを浮かべた。

「いいだろう。のろうじゃないか」

 スティールダイバーが廃墟群を目指す。廃墟を崩したところで、この電磁障壁は破れない。負ける心配の戦いに、ハイウォンは明らかに驕っていた。


「こっちに向かってきてるよ!」

「よし」

 アッシュから<スティールダイバー>の情報を聞いていたロマンティカらは、すでに対策を練っていた。

 エライザが<ラミア>に装備されていた大型爆弾を設置している。水と反応して酸素と水素を大量に発生させる化学爆弾だ。彼女たちはこれをこの一帯にいくつか設置することに成功していた。

 作戦は非常に単純である。化学反応で生み出された酸素と水素は、海中で一気に膨張する。時速2000キロにも及びその爆風をスティールダイバーにぶつけるのだ。

「タイミングが大事だからね。絶対ミスらないでよ」

「わかってるわよ」

 爆破タイミングはユカが決める。ロマンティカは、スティールダイバーを最適な場所まで誘導させるのが役目だ。当然ながら<G13>も爆風に巻き込まれるが、スティールダイバーを盾にしてダメージを軽減させる手筈になっている。

「きた!」

『行くぞ!』

 ロマンティカが廃墟から飛び出す。スティールダイバーが機首をむけて水弾を放つが、これをギリギリでかわす。牽制の射撃は当然ながら一切通用しない。

「まだ?」

「もうちょっと! これじゃロマンティカくんもただじゃすまない!」

 苛立ったエライザの声に、ユカが応える。援護しようにも<ラミア>ではスティールダイバーの機動力に太刀打ちできない。唇をかみつつエライザは状況の変化を見守ることしかできない。

「入った!」

「よし!やれ!」

 ユカの言葉にエライザが叫ぶ。何カ所かで大きな気泡が生まれるが、海中には何の変化もない。

「どしたの?不発?」

「そんなはずない!アタシが組んだんだよ?」

「でもさ……!!!!!」

 次の瞬間、すさまじい水流が巻き起こった。爆発で発生した空間にものすごい勢いで水が流れ込み、さらに化学反応で気体の竜巻が生まれたのだ。

「成功よ!」

「見りゃわかる!」

 必死に<ラミア>の機体を制御しつつ、エライザが叫ぶ。その目は、荒れ狂う水流の中で対峙する2機のギア・ボディに注がれていた。



「なるほど!こちらの動きを封じたわけか!」

 揺れるコクピット内でハイウォンが笑みを浮かべる。この状況下でも、彼は自らの優位を疑っていなかった。

 水流のために少々機体制御が厄介だが、水中にある以上<スティールダイバー>の防御力は絶対である。<G13>がどのような兵器を繰り出してこようとも、海中では絶対にダメージを負うことはない。それを確信し、ハイウォンは機体を突進させた。



「かかってくれた!」

 機体下部から巨大なハサミを出現させた<スティールダイバー>は、まっすぐに<G13>を目指す。機体制御がまともにできない以上、近接戦に持ち込むというのは極めて常識な判断だし、そこでも相手の優位は変わらない。

 ハサミで捕えて、ゼロ距離での水圧弾。絶対に食らいたくない未来を想像しながら、ロマンティカはチャンスを待つ。前もって立てていた策の仕上げの時を。

「!!!!!」

 コクピットが揺れる。<スティールダイバー>の本体が眼前に迫り、右足がハサミで捕まったことを示すサインがモニタ―の映る。砲口に泡が湧きたっていくのを見ながら、ロマンティカは、尚も時を待った。



「なっ!」

 新たな爆発がちょうど<G13>の下部で起きる。まさか自機ごとこちらを沈めようとしているのかと思ったが、さらなる震動でハイウォンは考えを中断した。

『この距離ならば!』

「甘いのだよ!」

 近接戦では電磁障壁はほぼ無効化される。だが、スティングレイの装甲は並みの攻撃では破壊できない。通常の水中兵装しか持っていない<G13>にはダメージを与えられるわけがないのだ。

 そして、水流がいかに強大だろうと、そこには電磁障壁が通用する。相当なエネルギーを消費するだろうが、動力源はいくらでもある。問題はない。

「さっさと逃げれば良かったのだよ。愚かな……」

 冷たくつぶやくハイウォンだが、そこであることに気づく。余裕のあった顔が、みるみるうちに引き締まり。改めて操縦桿を握り直した。

「まさか? まさかまさかまさかまさか!」

 ハイウォンはモニターの数字の1つを見て確認する。徐々に少なくなっていく数字は機体の海中深度を示していた。


「各部固定完了。冷却装置、コンデンサーすべて良好」

 スコープモードの画面を見ながらアッシュは<ヴァーミリオン>の機体チェックに余念がなかった。

 真っ青な海面の1カ所が嵐のように乱れている。エライザたちの仕掛けた爆弾が水流を生み、大量の海水が柱のように吹き上がっていく。

『隊長!最終フェイズです!外さないでくださいよ』

「それは並みの腕のヤツに言うんだな」

 エライザの通信にアッシュは低い声で返した。揺れるフロートの動きを補正しつつ、アッシュは獲物を待ち受ける。

 作戦はシンプルである。「水中で無敵であるなら、水中から引き釣り出して仕留める」だけだ。爆弾で敵を海面まで引っ張り上げ、顔を出した瞬間をぶち抜く。少々爆発が派手過ぎる気もするが何も変更はない。

<ヴァーミリオン>が装備しているのは、全長25メートルもある巨大な急造コイルガンだ。フロートにしている輸送ユニットの動力源と<ヴァーミリオン>の動力で生み出した大電力で磁界を作り上げ、重金属の特殊弾頭をマッハ12で撃ち出す。

 ユカが半日ほどででっち上げたものだが、それだけに動作保証はいい加減である。数発撃てばオーバーヒートすると断言していたユカを思い出し、アッシュは薄く笑みを浮かべた。

「外しはしない…」

 海面が弾ける。飛沫をまとって飛び出した蒼い機体へ十字線を合わせ、アッシュは静かにトリガーを引いた。


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