第2話「燃える地球(2)」

「……手慣れたヤツがいるな」

 トバイアス・マクグランは口元を緩めた。

 損傷した2機のギアボディが、着地の瞬間に反対方向へ離れた。しっかりと牽制射撃でこちらの動きを抑えている。

「公試評価は十分だが……見逃す理由もないのでな」

 浅黒い痩せた顔に真っ白に近い銀髪。青い左目と赤い右目が特徴的な若い男だ。赤い瞳はブラッド・オブ・バハムートとリンクするために投与されたナノマシンによる副作用だ。

 彼がこの空域にやってきたのは、ブラッド・オブ・バハムートの性能実験のためである。実験空域はここではないのだが、レーダーが降下部隊を探知したため、戦闘力評価を兼ねて襲撃したのだ。

 問題点はいくつか見つかった。強化されたブースターは加速が強すぎて小回りがきかない。姿勢制御フィンも形状が悪いのか効果が感じられない。帰還したらアップデートする必要がある。

 ディバインソードのギアボディの強さは、細かなアップデートにある。このブラッド・オブ・バハムートは、バージョン9.23。トバイアスのモノになって大規模な改修を2度経験している。

「さて、もう少し……?」

 警告音が鳴る。ありえるはずのない音にトバイアスは耳を疑った。

「バカな? こんなところに?」

 警告文は遺跡を指していた。センサーは正確な位置を示していない。

 ディバインソードの表向きの目的は、未知の文明遺跡の保護と管理である。焼き尽くされた地球に表出した遺跡には、現在の科学を超える超技術が眠っていることがある。ディバインソードの機体の多くは遺跡技術を使用してアップデートをしている。

「手間のかかる公試実験だ……」

 遺跡を発見すれば自分の功績になる。愚痴をこぼしつつ、トバイアスは機体を降下させた。



「ロマンティカ!」

 エライザのゴブリンがロマンティカに接近する。隆起した岩の物陰で機体の状態を確かめていたロマンティカは、視線をあげた。

「エライザ、ほかの味方は?」

「隊長のとこに集まっている。3機だが」

 エライザの声が重い。25機で降下して、ロマンティカたちを含めて6機。損害の大きさにロマンティカも言葉を失う。

「動けるか?」

「……ん」

 ロマンティカが操縦桿を動かす。ゴブリンの脚部から茶色い液体が盛大に吹き上がり、それっきり動かなくなる。

「無理そうだな……。こっちに乗り移れ」

 エライザのゴブリンのハッチが開く。黒いヘルメットを被った若い女の顔に、ロマンティカは少し目を見開く。

「なんだ?」

「いや、もっとごっつい顔をイメージしてたから」

 小隊の全員は通信回線でしかお互いを知らなかった。初めて見たエライザの顔は、少しキツめの印象はあるが肌の白い整った顔立ちをしている。

「そういう冗談を言えるなら大丈夫だな」

 白い歯をのぞかせたエライザが、コクピットから出たロマンティカに手を伸ばす。エライザの手をつかむと、思いのほか強い力で引き揚げられた。

「生身にしては力があるだろ?」

「ああ、そうだね」

 女性にしては大柄なエライザは、ロマンティカとほぼ体格が同じだった。

 必要最低限の装備しかないゴブリンのコクピットだが、それでも2人の人間が乗り込むには狭い。シート後部のスペースに体を押し込めながら、ロマンティカは両手でシートの両脇をしっかりと保持する。戦闘機動になれば大して意味はないだろうが、やらないよりはマシだ。

『エライザ、ロマンティカはどうだ?』

 アッシュの声が聞こえる。エライザはヘルメットのマイクを口元に当て直して返事をした。

「ロマンティカは改修しましたが、ゴブリンは使い物になりません」

『そうか。とりあえず、友軍が来るまでは隠れていろ。あの赤いヤツとは勝負にならん』

 当然の判断だろう。アッシュ小隊の生き残りどころか、降下作戦に参加した全機を集めてもブラッド・オブ・バハムートに勝てるとは思えない。

 ディバインソードと互角に戦えるのは、アウターのA級傭兵の中でもごくわずかしかいない。

 だが…。

「エライザ」

「なんだよ?」

「アイツと戦おう」

「は?」

 顔を半分だけめぐらせてエライザが声をあげる。ロマンティカは軽く息をついて、言葉を続ける。

「アイツは航空タイプだ。電磁装甲があるが機体自体はそれほど頑丈じゃない」

 そう言ってロマンティカは遠くにある残骸を指差す。

「あれは大型降下船の残骸だよ。あそこにアイツを突っ込ませれば身動きはとれなくなる。電磁装甲は瞬間的な衝撃には強いけど、連続した圧力には発動しない。切れた瞬間に全弾叩きこめば勝機はある」

「……おいおい。正気かよ」

 エライザがあきれた声を出す。

「どうして、アイツが突っ込んでくるんだよ。上空から射撃してりゃ終わるじゃん」

「大丈夫。勝算はある」

 ロマンティカの声に力が入る。エライザはため息をついて、通信回線をオンにした。

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