創世記ロマンティカ(パイロット版)

浪漫贋作

第1話「燃える地球(1)」

 2124年、太陽の異常の活動により、地球を巨大なプロミネンスが襲う。地上は数千度の炎にさらされ、すべての海は蒸発し、細菌を含むあらゆる動植物が死滅する。


 2124年、宇宙に脱出した人類の生き残りはテラフォーミングが進んでいたガニメデを中心に新たな勢力圏・太陽系中央政府通称センチネルが発足する。


 2131年、中央議会選挙で、太陽系外辺での資源開発を行う企業を支持母体にする外惑星自由党が敗北。彼らは自らを外惑星連合(アウター)と称してセンチネルからの独立宣言する。以後、両国は太陽系各地で紛争状態となる。


 2223年、地球の地表部分に未知の文明遺跡が観測。センチネルは調査のために大規模な部隊を派遣する。

 

 2224年、地球資源の共同管理を名目にアウターが地球への部隊派遣を決定する。


創世機ロマンティカ


第1話 燃える地球


『起きろロマンティカ』

「……起きてます」

 閉じた目をゆっくり開き、ロマンティカは上官に答えた。

 人ひとりでいっぱいになったコクピットで、彼は出撃を待っていた。モニターには彼が乗る醜い機体と同じモノが列を為している。

 ゴブリン。アウターが開発した機動歩兵(ギアボディ)の中で最も安価な機体。20ミリ徹甲弾と、ロケット砲を装備し、申し訳程度の装甲がほどこされた全高9メートルの貧弱な巨人である。

『……大丈夫大丈夫大丈夫』

『うるせぇ!こっからは運がいい奴が勝つんだよ!』

 通信回線からおのおのが好き勝手に叫んでいる。出撃の緊張を紛らわせる方法は皆それぞれだった。

 ロマンティカらはアウターが募集したC級傭兵である。ギアボディの操縦技能さえあれば誰でもなれる最底辺傭兵。A級、B級のようにカスタムメイドのギアボディを持たず、支給された量産機を与えられ、最前線に投入される消耗品(エクスペンダブルズ)だ。


「地球だ…」

 降下船に直結しているモニターに変化があった。真っ赤だった視界は青く変わり、そして真っ白な地面が見える。

『あそこに降下するのか…』

「違うよエライザ…。あれは雲だ。水蒸気が空で集まってるんだ」

 ロマンティカが声をかけたのは、14番機に乗るエライザだった。ここで初めて会ったC級傭兵だが、同じ17歳ということで隣に配置されている。

『へえ、ロマンティカは何でも知ってるのね』

『お前、地球に来たことがあるのか?』

「いえ…ブックで読んだことがあります」

『なるほどな…』

 正確な答えではなかった。彼がかつて住んでいた火星の家は、焼却前の地球環境が再現されたガニメデにあった。そこで、彼は現在の地球には存在しない樹や草、雲や動物と少年時代を過ごしたのだ。



『敵襲! 9番機がやられた!』

 物思いにふけろうとした瞬間、ロマンティカの耳に怒声が響く。外部モニターでは、左で降下していた黒い長方形が徐々に原型を失っていくのが見える。

『バカな! 先行部隊は何してやがった!』

『畜生! 早すぎる! 11番機もやられた!』

 すさまじい速さで何かの影がかすめる。ロマンティカは、コンソールを操作してゴブリンと降下船の接続を切る。

『何をする気だロマンティカ!』

 この船に乗る25機のゴブリンを率いるB級傭兵アッシュが声をかけてくる。ロマンティカは、焦ることなく機体の弾倉を確認する。

「コイツに乗ったままじゃいつ撃墜されるかわかりません。ゴブリンが耐えられる高度まで急降下して、射出してください!」

 ロマンティカの言葉に、他の傭兵から非難の声があがった。

『バカ言ってるんじゃねえ!ゴブリンの足が耐えられるもんか!』

『黙ってろ!』

 アッシュの一声で全員が黙る。ロマンティカは言葉を続ける。

「全員がここで死ぬか。降下して何割かの確率で助かるかです。逆噴射とパラシュートを使えば、高度6000メートルあたりなら何とか」

『機長!聞いたな! 6000メートルまで降下!全機吐き出して軽くなったら全速力で逃げろ!』

『り、りょうかい!』

 アッシュの言葉と同時に、船体が一気に下降する。その動きを見て、他の降下船も後を追った。また1隻吹き飛んだ。

 雲の中へ降下船が次々と沈むが、敵の攻撃はやまない。雲程度では相手のセンサーを誤魔化すことはできないらしい。

『くっそ! いきなりコレかよ!』

 エライザの毒づきにロマンティカは少し安心した。パニックになるのが一番怖い。毒づける程度には理性がある。

 後部ハッチが開く。雲が開けて赤茶色の地表が見える。

『行きます!』

『やめろ!まだ早い!』

 アッシュの制止が間に合わず数機がハンガーからダイブする。それがトリガーとなってさらに何機かがダイブした。この高さでは機体が持つはずがない。良くて脚部大破。最悪は墜落死だ。

『俺が先行する!絶対に動くな!』

 アッシュは指揮官として優秀であった。残った十数機は、接近してくる地表までの距離をジリジリしながら眺める。

『GO!』

 アッシュがダイブする。それに続いて、ロマンティカたちがダイブを開始した。次の瞬間、降下船の船体に穴が開き、後続の機体が巻き込まれて吹き飛ぶ。

「くそ! エライザ!」

『こっちは何とかなってる! ロマンティカ! 敵が来る!』

 エライザの声に、ロマンティカは首をめぐらした。雲海から赤い機体が出現し、ものすごい速さで他の降下船を粉砕する。


 血のように真っ赤なカラーリング


 金色に光る単眼と鋏のような口元。


 炎を噴き上げながら飛翔する一対の翼


 両手に持った2門のガトリング。


「ブラッド・オブ・バハムート…」

 ロマンティカの口からその言葉が漏れた。赤いギアボディは咆哮をあげるように首を動かすと、降下しているロマンティカたちへ一直線に向かってきた。

「なんでコイツが!」

『気をつけろ! こいつはタダのギアボディじゃない! ディバインソードだ!』

 アッシュの言葉は、ロマンティカにとって意味がない情報だった。すでに知っている。

 ディバインソード。センチネルが誇る護国の聖剣。センチネル最高レベルの技術によって設計・建造された12機のギアボディは、アウターにとって死の代名詞に近い。

『なんでこんなところにディバインソードが…』

 ここはアウターの支配領域だったはずだ。高高度とはいえ、なぜこんなところをディバインソードが飛んでいる。銃撃するロマンティカの横をあざ笑うかのようにすり抜けたブラッド・オブ・バハムートは、降下しているギアボティ2機を一瞬で葬った。

「くそっ!」

 20ミリ程度ではブラッド・オブ・バハムートの電磁装甲は破れない。あの機体のことは子供の頃から知っているロマンティカは、絶望的な気分であった。

 空中戦に向かないゴブリンでは、勝ち目などない。だが、地上に降下さえすれば、地形を利用して逃げることも不可能ではない。じりじりと迫る地表を横目に、ロマンティカは牽制射撃を続ける。

『うわぁぁあぁ!』

 また1機やられる。エライザの機体が自分の右斜め上。アッシュの機体は自分の真下にいた。地上まで2530メートル。高度計の数字がもどかしい。

「!」

 目の前にブラッド・オブ・バハムートの顔が現れる。あわてて腕を振り回すが、ソニックブームで肘から先が吹き飛んだ。武器をもっていない腕であったことを感謝しつつ、ロマンティカは相手の意図を看破した。

(遊んでいる…)

 まるで羽虫をなぶるワシのようにブラッド・オブ・バハムートはこちらを狩っている。最大限の恐怖を与え、飽きたら潰していく。そのやり方を見て、ロマンティカはある人物の顔を思い浮かべる。

「きさまかぁぁぁ!」

 叫びながら発射したロケット弾がブラッド・オブ・バハムートを追う。だが、音速を越えるブラッド・オブ・バハムートは、余裕をもって振り切ってしまう。一瞬で全弾打ち尽くしたロマンティカは、旋回して最接近する赤い魔獣へ憎悪の視線を向ける。

「トバイアス!」

『ロマンティカ!どけ!』

 ブラッド・オブ・バハムートに突撃しようとしたロマンティカを衝撃が襲う。横合いからアッシュの機体が飛び出し、ロマンティカのゴブリンを弾き飛ばす。

「あ…」

『死ぬ気か!正面からいって勝てる相手じゃないぞ!』

 右腕と胸部装甲をほとんど破壊されながら、アッシュのB級ギアボディ・オーガーがゴブリンをつかむ。1つになった2機はバーニアを吹かして、さらに高度を下げる。

『制動はこっちでやる。貴様はパラシュートを開け』

「り、りょうかい…」

 高度計は1000メートルをきった。デコボコした地表には破壊された大型輸送艦や何かの残骸が見える。隠れる場所は多そうだ。

『開け!』

「はい!」

 ガラス強化繊維で織られたパラシュートが開く。急速に落下速度が低下していく。

『切り離せ!』

 アッシュの言葉にロマンティカがボタンを押す。大きなパラシュートは的になる。速度が十分に落ちたら、切り離して囮に使うのだ。

「!」

 パラシュートが穴だらけになる。進路上のゴブリンを殺戮しつつ、赤い魔鳥がこちらを付け狙っているのが見えた。

『着地と同時に反対方向に飛ぶ。後は運任せだ』

「わかりました」

 上空のブラッド・オブ・バハムートを警戒しつつ、ロマンティカは操縦桿を握り直した。



 






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