第7話 牧師の真似事
「二人は、健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
澄んだ青が一段と綺麗な空の下。白いクロスの上に料理が並べられたテーブルが3つ。そのうち二つは新婦と(半分)天使が作った料理が並び、最後の一つには聖書(なんて書いてあるのかわからないただの厚い本)と指輪が置かれていた。
「「誓います」」
「で、では、その、指輪の交換と、ち、誓いのキ、キスを」
今日までに少しずつ縫っていたというウエディングドレスのベールをムアバが丁寧に捲る。改めてこの場にいる二人は嬉しいような恥ずかしいような、はにかみ笑顔にそっと紅が付く。そこには昨日までのようにボケの体現者ではなく、一人の人間として新たなステージにようやく立てたという二人の大人。丁寧に指輪を交換していく。手が震えているのがわかる。そんな二人が実際に唇と唇を重ねるまでの工程をまで書くのは無粋だろう。それは当事者だけの特権だ。部外者の俺は二人の情景を想い、心の中で祝福する、ただそれだけでいいのだ。そう、それで。
結婚式はあっさり終わった。俺としてはとても嬉しいのだが、なんだか肩透かしを食らっったような気がしていた。別に期待しているわけでは無いのだが、昨日までさんざんボケ倒してきた二人が簡単に終わるわけがないと思っていたから妙に身構えてしまったのだ。誓いの言葉に誓わなかったり、誓いのキスがディープだったり、実は性別が逆転していたり・・・いや最後ののはないな。
ともかく、結婚式は終わり晴れて、彼らは表面上ではなく書類上でも本当の夫婦となったのだ。これは祝福されるべきことだ。
「いやー、今日まで頑張った甲斐があった~」
「ええホント、これからも、ううん、これまで以上に愛してね、ア、ナ、タ」
「これまで以上にツッコミが大変になるなんてことないよな」
結婚式の主な催事が終わるといつもの二人に戻り、イチャイチャ空間を発生させ二人の時間を楽しんでいた。結婚前後で変わらない関係は珍しい気がした。直後ということもあるのかもしれないが。
そういえば俺の服をヴィーチェが仕立ててくれた。いつまでも布一枚では忍びなく、結婚式には合わないとのことで白を基調にした一般的な服を用意してくれた。露出が少なく、よくよく見ないと天使だと気づけないような人ごみに紛れる服装。
そんな二人を横目に俺はテーブルに並べられた料理をつまんでいる。半分天使でも食事はできるようでひとまず毒ではなかった。栄養になるかはわからないし、ただ気分と味を味わっているだけなのかもしれない。それでも今あのイチャイチャ空間に手を出すよりはマシだ。
・・・俺がなんとなく作ってみたカルパッチョが意外と美味しい。昔食べたような気がするだけで作ったのだが、案外形になるもんだ。なんて現実逃避を楽しんでいたら、二人の会話が聞こえてきた。
「あの、実はヴィーに渡すものがあるんだが」
「偶然!私もなのよ!」
一昨日のお互いの贈り物の話を思い出して二人を見る。
「実はこれなんだ、受け取ってくれるか?」
「これ・・・もしかして!これで、アナタを・・・」
「そうそう」
「私からはこれを!」
「これは!」
頼む。普通のものを渡していてくれ。プロテインとか鞭なんて渡さないでくれ。頼むから。
ムアバのたくましい背中に隠れて何を渡しているのかわからないし、会話も途切れ途切れにしか聞こえないんだ。二人が喜んでいるのはわかるけど!
しばらく二人で話していた後、笑顔でこっちに向かって歩いてくる。手に何かを持っているが見たくない。認めたくない。突っ込みたくない。それが何なのか、脳が理解している。いや理解してたまるか!だって、だって!あれは誰がどう見ても!
「プロテインと鞭じゃねーか!」
ああ、突っ込んだ。突っ込んでしまった。俺のやってしまったという後悔の顔を見て二人がにやりと笑う。待ってましたと。
ムアバが手をこぶしに変えて、腰に添えた。もう嫌な予感しかしない。
「チャーハンの元なら♪」
「やめろ!やめろって!まじで色んな方面に情熱的に怒られるから!ってヴィーチェさん!?」
今度はヴィーチェが鞭を肩に携えて女王様のように見下すように笑う。
「新婚ほやほやで、浮かれている奴はどこのどいつだい!?」
「あなたですけど、それはそれで問題なので!やめて!」
しばらく二人のツッコミに徹して疲れてしまった。なぜか世代が固定されたモノマネ劇だった。受け流せる度胸があれば別なのだろうが、生憎それほどの器ではない。僅かでも気になると突っ込まずにはいられない、そんな自分を知れたという点では悪くないのかもしれないが心労が溜まっていった。
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