第6話 人の温かさを思い出した

 野菜を収穫し終えて、一服と称し水を飲んでいるというムアバの様子を見に来た。俺に何か手伝えることがないかと聞きに来たのだが。 同日、同じお願いを同じようなやり取りをしてしまうとは思わなかった。


「さっきヴィーと何を話していたんだ?」


「あんたの、いや俺に手伝えることないかって聞いてないから話し相手になっていた。ほとんどムアバ、あんたとの惚気だ」


「そうか、そうか、ところでお主に折り入って頼みがあるのだが」


「と、というと?」


「ヴィーはいつも俺のやりたいことを支えてくれる。もちろん夜だってそうだ、俺が受けで踏まれようが、失神するまで責められようがそこには必ず愛がある。こう何と言ったらいいんだろうな・・・そう、愛だ。愛を感じるんだ」


「もうお腹いっぱいで吐きそうなのでそこらへんにしてもらえます?」


「ん、もうかい?意外と早いんだな」


「その発言は控えてください。次の発言が汚くなるので」


「冷たいぜ、冬場に誤って夏用のひんやりローションを使ったみたいに」


「・・・」


 もう突っ込むのは諦めた。絶対こいつ等わざとだ。突っ込めば突っ込むほど、お代りがやってくる。幸せのビュッフェ?ボケのデパートだよ。


「で、何をあげるといいんだ?俺は男ばかりの街で育ったからな。女に何をあげればいいのかわからない」


「どかんとインパクトのある品とかどうです?自慢の筋肉で絞った野菜ジュースとか」


「ははは、いいことを言うが俺じゃ無理だな。お前さんなら可能かもしれんがな」


「俺のひょろい筋肉じゃできませんよ」


 ヴィーチェは貴族の出らしく振る舞いに気品を感じる。腰まで伸びたロングヘアは見る者の目を奪い、男なら惚れさせて女ならば羨ましがるには十二分な容姿。一見華奢に見える四肢はよく見れば結構筋肉があるし、ふとももは健康的な太さが好きな人には扇情的に映るだろう太さだ。次女というだけあり非常に気が回る。人の心を読むことが得意で、いつもムアバの行動を読んでストレスや違和感がないようにしてくれるとか。明るくて姉妹たちに絶対負けないシンデレラとでも言えばいいのだろうか。だが彼女は人の心を読もうとするがあまり、日々のほとんどをストレスにさらされてしまう。定期的にリセットしないと危険な状態になるのだが、ムアバなら大丈夫だろうと思ってしまった。


「そうか?まあ、いいか。そうだな、インパクトのあるやつか・・・ムチだな」


「ムチ?」


 ムチと言うとあれだろうか。馬や家畜を叩いて煽るあの。


「ああ、黒のボンテージを着て、あーーーー、あたしはヴィーチェだよ~。最近妊娠して旦那の働きぶりをチェックしているのはどこどいつだぁーい?・・・あたしだよ!ってやってほしいな~」


「微妙に突っ込むのが難しいところ責めるのやめてくれないかなぁ!この夫婦はなんだんだ、突っ込みだけで一日が終わりそうだわ!」


 こうしてヴィーチェのストレスが発散先を知ってしまったのと同時に、どっと疲れた。この二人のボケがマシンガン過ぎて疲れる。なんで二人ともボケなんだよ。どっちかはツッコミの方がバランス良いだろ。なんて思っていると、街の人とは違う二人に疑問が湧いた。なぜこの二人はあのクズな民衆と違って笑顔でいられるのだろうか。と。


仲良く夫婦三昧して俺を巻き込んで笑っている。どうして笑っていられるのだろう。ここが僻地とはいえ今は戦時中だ。軍がいなくなったり、住んでいる場所が襲撃されれば戦うか逃げるかしないといけない。俯瞰で考えればのんきに野菜なんて作らずに地下に籠って身を隠すことが正解のはずだ。なのに笑っている。理想の夫婦のように、あるいはそういうコミカルみたいに、笑っている。なんで笑っていられるんだろう。そもそも二人は偽装結婚するにふさわしい理由がある、萎れた顔で怯えていてもおかしくはないはずだ。




翌日。俺は二人の家に泊めてもらっていた。食事はいらないと言っておいたが、朝の食卓には席が用意されていた。テーブルには三人分のベーコンエッグにご飯、みそ汁が置かれていた。和食なのか、洋食なのかはっきりしないところが一般家庭らしい。


・・・


 どうしてだろう。普通に考えればそんなこと、子供が母親に言うような日常の雑談の一つだ。なのに、なのにどうしてこうも温かく感じるのだろう。生きるために悪いこともいっぱいしてきた。気づけば合理的な考えばかり。いつも冷たい。


「どうしたんだ?座れよ」


「は、はい」


 言われるがままに椅子に座り、箸を持って料理に目を向けた時、思い出した。一度箸を置いて、両手を合わせる。


「いただきます」


「はい、どうぞ。口に合うかわからないけど」


 こんなこと久しぶりだ。記憶はなくてもそう感じる。「懐かしい」そんな遠い記憶があるのかわからないけど、懐かしい。きっと子供の頃にこんな風に毎日家族と食卓を囲んでいたのだろう。


 天使は何も食べないでも生活していられる。それは半天使である俺も変わらなかった。天使のコアが永続的にエネルギーを作り出し全身に流しているため、食欲や空腹という感覚そのものがない。釣りもキャッチ&リリースが常だった。これまで思えば水以外、口にしてこなかった。前提として口にするという考えすらなかった。


 一度は口にしたことがあるのに、初めて食べるようにゆっくり箸を伸ばして口に運ぶ。何も怖くない、前は食べていたはずなのに、初めてのことをやるように怖い。まさか食事に対して恐怖を抱くようになるなんて思いもしなかった。


 そもそも食事してもいいのだろうか。天使の体には毒ではないのかなどと考えてもらちが明かない。意を決して口に運んだ。


「お、美味しい」


 実に目を覚ましてから1ヵ月と2週間経つ俺の初めての食事だった。二人が優しい顔で微笑んでいる。俺も照れを隠すためにご飯を1口、2口と食を進めていった。ご飯が温かい。違う、心が温かい。これが優しさ。あの街の人とは違う。殺伐とした冷たいものじゃない、二人が俺に温かいものをくれているのがわかる。でも、その名前を俺は知らない。いつかわかる日が来るのだろうか。いっそ、二人と一緒にこれからも暮らしても良いのかもしれない。許されるだろうかなどと考えながら、明日の結婚式の準備を手伝った。料理の仕込みから、段取り、飾りなど手伝えることは何でもやった。せめてもの恩返しとして。

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