第5話 偽装結婚夫婦

「あの!結婚式の牧師をお願いします!」


「は?」


 耳を疑った。布に隠れきれない部分は天使だとわかっているのかと。普通に考えてそんな人間に結婚式の牧師をやれと言うか?あれだな、「二人は永遠の愛を誓いますか?」とか「では誓いのキスを」とか言うやつなのか?俺ができるのなんて「世界が平和でありますように」とか「ぶっ殺すぞこの野郎」ぐらいしかわからないぞ。


ひょんな出来事に巻き込まれたのはつい数分前のこと。俺は漁村を出て街から離れるように歩いていた。大きな鱒(60cm越え)を2匹背負って。


そんな大物が一日に二匹も釣れてしまい、満足してしまったのだ。元々滞在期間も特に決めていなかったため、出ようと思えばいつでも出れたし、逆にいつまでもいようと思えばいられた。ある意味いい機会だと思って釣れた鱒を、糸で縛り背負って歩いて来た。もちろん、血抜きなど下処理は済まし、塩漬けにした。鱒は道行く行商人にでも売ればいいかと思っていたのだが、これが目印となり今、目の前の男女に目を付けられてしまったのだ。・・・だからと言って半分天使の人間に牧師を頼むのか?


ちなみに鱒は一匹1万で買い取りしてくれた。この世界の主食は人工肉の干し肉であるため、魚は貴重だ。そう考えれば1万と言うのはかなり安いが、二人の行く末を祈って折れたのだ。


「お願いします!鱒を調理してくれる人も必要なんです!こんな大きな鱒を持っていたんだからできますよね!」


「できないわけじゃないけど、それ俺にやらせるか?普通。そもそもなんで俺なんだ」


 二人は顔を見合って。


「「前に僕(私)たちを救ってくれた人にそっくりなんです!」」


 男はムアバ、女はヴィーチェと名乗った。聞けば二人は偽装結婚しているらしい。話は半年前。二人は街で恋に落ちた。ただ黙々と作業する日々に舞い降りた幸運。仕事の帰り道、それが決められた運命であるように雪が降る夜、目が合って恋に落ちた。そこからは傘を同時に落としたから運命だの、愛だの、歯が浮くような言葉の渋滞が起きた説明だったので端折るが、とどのつまり幸せな日々を過ごしていたと。ただ二人の関係は公にはせず、学生のように隠れて会っていたのだが、それが不幸を呼び、出会ってから翌月にお互いの親がお見合い相手を用意して、話を全てつけた状態で二人に話したそうだ。親の視点からすれば二人は別れてくれた方が楽で相手の顔も立てられるのだが、当然二人は反発しムアバは酒におぼれ、ヴィーチェ自殺寸前まで行ったそうだ。この国では結婚するのに最低半年二人の間を監視する部外者の監視役が必要であり、いないと不成立で罪になるため二人だけではどうしようもなく、親に従うか死ぬかの二択だった。そこに俺によく似た人間が現れたと。あえて今は偽装結婚をして街を出て、山一つ越えたこの僻地に家を構え、二人の生活した方がいいと。国なんて関係なく、自分たちが思うように過ごせばいいと言ったそうだ。ここら辺は自然が豊かで、作物が良く育つためほぼ自給自足ができるそうだ。たまに道行く行商人に野菜を売り、収入を得ているらしい。偽装結婚をした彼には頼れる人はいないため、これが勇逸無二の収入源なんだそうだ。確かに二人で切りもみするには少々大変なサイズの畑が広がっている。日々の畑仕事で大変らしいが、同棲を始めて三ヵ月二人一緒だから乗り越えていけるらしい。


わかるようなわからないような話だ。


「なんでその、俺に似た人に監視役を頼まなかったんだ?仕事先の人でも良かったじゃないか」


「彼はなんやらなければいけないことがあると言って、あの街には長い間住めないと言っていました。仕事先ではそのような浮かれた話をすると後ろから刺されるので」


「ええ、私の職場でも嫉妬でみんな狂います。何をしてくるか千差万別防ぎようがありません」


 なんて国だ、なんて街だ。色々管理しようとして失敗していないだろうか。やはり出てきて正解だった気がする。


「なぜ今結婚式を挙げるんだ?そのまま偽装結婚のままでも・・・」


「「挙げた方が幸せじゃないですか!」」


 こうして俺はムアバとヴィーチェの結婚を取り持つ牧師になった。式は二日後、俺が準備することは噛まないように練習すること以外特にないが、問題なのは二人だった。


 ムアバが野菜を収穫し、ヴィーチェが出荷用と家庭用と選別している中ヴィーチェに呼ばれた。仕事を手伝ってくれという話であれば報酬次第で働こうと思っていた時だった。


「ムアバに贈り物がしたくて・・・手伝ってくださらない?」


「というと?」


「ムアバは家事を必ず分担してくれるの、まあなんて素敵なムアバ。あと少しで本当に一緒になれるだなんて夢のよう、ああ、これが夢ならば起きているときの私はきっと嫉妬でくるってしまうわ!・・・なんてことでしょう!それではこの夢を終わらせないようにしなくてはいけないだなんて・・・」 


「あの!惚気は!もう既に!お腹!一杯一杯なので!早く本題に!」


どこからかハンカチを取り出し、出てもいない涙を拭くヴィーチェは止まらない。幸せの絶頂の人間と言うのは人の話を聞かないらしい。


「お代わりはたくさんあるのよ、いわば幸せのビュッフェ。なんでも聞いて、なんでも心に刻むの、さあ心行くまで幸せに溺れましょう?」


「うるせぇ!そんな甘いものばっかりじゃ胸焼けするわ!ぶっ殺すぞこの野郎!」


「いやん、こわーい~」


 1時間後にやっと本題を聞けた。ムアバへの贈り物をしたいと結婚記念の品が欲しいとのこと。俺自身どんなものをあげれば喜ばれるのかピンとこないが、気持ちのこもったものならば何でもいいと思った。だが、ヴィーチェはそれを拒んだ。


「気持ちだけではいけません、その人が使えるものを贈るべきです。気持ちだけの品はもらったときは嬉しくても、冷めてしまえばガラクタになってしまいますわ」


「・・・そ、すか。案外難しいんすね」


「だから相談してるの」


 お互いの事をしっかり理解して、信頼しているからこその言葉だろうか。上辺だけの気持ちだけでなく、偽装結婚と言うワンクッションを挟んだことにより、渇望感から心の底でも愛し合えているからこそ言葉なのだろう。だから相手を想うがあまりとどれを渡せばいいのかと悩んで、本当に使ってくれるのか不安にもなる。そこに値段は関係ない。相手が渡したものを見た時、受け取った時のことを思い出して想ってくれるそんな品。


 ムアバはきっとそんなことまで考えなくても受け取って笑顔を見せてくれるだろう。彼はそういう男だ。まわりをまとめながら気を使い、フォローを出してともにゴールを目指すことを何より重要視している学年に一人いる熱血タイプの学級委員だ。ムアバは非常にガタイが良い。逆三角形はもちろんのこと、露出している筋肉はいつでもバキバキ。半分天使の俺でもちょっと怖い。完全なパワータイプ。プロテインでもあげればいいと思ったが、「ぜひともそうだね!プロテインだね!」と言ってみてほしいと思ってしまったが為にアイデアを殺した。


「そうだわ、ここから遠く離れた街で筋肉に効く神の粉があるって。パッションとか言いながら・・・」


「却下だ。却下。全てなくなったら買いに行くという手間が生まれる。そもそも今時誰も通じないからな!」


「ん“―」


「やめろ!」


ちなみに話している間もヴィーチェの手が止まることはなく、野菜の選別をしていた。純粋に凄いなと尊敬する半面、ノリが良すぎて困る。


こんな奥さんができるムアバが少し羨ましく感じた。きっと毎日楽しいと思う。そう漠然とした希望のような温かさがヴィーチェから感じる。

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