第4話 2枚目の手紙
無我夢中で処刑台に向かって駆け出した。人をかき分け前に、前に進む。その過程で普段何もせずただのんきに過ごしている奴らが処刑を煽り、娯楽として消費していることに気付いた。当事者じゃないから自分の知ったことではない、どうせほかに面白いことなんてないからせめてこんな不羈なイベントですら楽しんでやろうという、スクリーンの前で座る観客のようだった。そうして考えてしまうと周りにいる野次馬が憎くて仕方なくなって、かき分ける手に力が入る。それでも視線はヤー爺に。いつ処刑されるのか、どうやって処刑するのか、その処刑を止める方法はないのかと模索しても今はただ前に、ヤー爺の近くに行くだけで精一杯だ。
「執行!」
両脇に居る兵士は銃剣をヤー爺の背中に突き立てると野次馬どもは興奮を増して、サッカーの試合で自国が点を入れた時のように歓喜の声を上げる。
「うぇーい!」「いいぞ!もっと、もっとだ!」「ちょっと足りないじゃないの~?」
俺は足を止めた。終わっている。この街は、この国は、この人間は終わっている。どう考えても人が人にしていい行動じゃない。なぜそれがわからないのか。
兵士は突き刺した銃剣の引き金を引いくと、ヤー爺の呻き声が野次馬の声を消したのだが次なる歓喜の声を呼び、結果的により騒がしくなっただけだった。その時、ヤー爺は俺を見つけたのか、目を丸くして少し笑った。
「なに笑ってるんだ、どうしてそんなに余裕なんだ?なあ、ヤー爺教えてくれよ」
当然言葉は届かない。吐き気を催すような歓声にかき消され、個の弱さを知る。個人の想いの重さよりも、不特定多数の刹那的な快楽。これが民主主義。この民衆にとって俺は、俺たちは悪なのだ。実際記憶喪失になってからは悪い事だけをして生きてきた。だからと言って、人の尊厳を破壊するようなことをされていい道理はないはずだ。ここにいる有象無象のクソどもにだって犯歴や、大小関わらず悪いことをしてきているはずだ。なのに、なのに。
ヤー爺。あんたはそれを許すのか。その笑顔はそういう意味なのか。立ち尽くしながらヤー爺を見る。
「あ・・・・・へ・・・れ」
ヤー爺は何かを言っていた。理解できなくて、ヤー爺を再度見る。
「あの・・・らへ・・・しれ」
俺はこの街の外に向かって走る。ヤー爺を置いて、否、ヤー爺に託されたから。次に進むために。
「次で終わりだ。ヤクト。言い残すことがそんなことでいいのか。犯罪者の考えることはわからないな」
街の門をくぐる瞬間。再度銃声と歓声が湧いた。
ヤー爺が言いたかったこと。それは
「あのむらへはしれ」
何キロ、何十キロ走っただろうか。半日走り続けようやくあのクズどもが住む街から二つ隣の廃村にたどり着いた。こればかりは半分天使であることに感謝した。普通の人間ならば走れても数分のところ、心臓の代わりに天使のコアが埋め込まれているらしく、疲れることはなかった。
廃村はただそこにあるだけ、ヤー爺の言うように警備があると思ったが誰もいない。ヤー爺が国家反逆罪となる何かを隠していた、だがそのヤー爺が居なくなればこんな僻地に人員を裂くことがなくなるためだろうか。それとも単にヤー爺の処刑に出て言っているだけなのか。理由を探しながら廃村を散策した。木造が多くほとんどが黒く焼け落ちた後だった。村の中心のコンクリートの建物は倒壊し、頂点にあったであろう鐘は地面にたたきつけられ縁が破損してしまっているだけでなく、いくつもの風穴が空き、人一人隠せそうな大きな鐘だったが鐘として使うことはもう無理だろう。
「ヤー爺はなぜここに俺を行かせたのだろう」
そもそもこの廃村の会話をしたのは昨日の事で、情報量は少ない。情報としてあるのは廃村と言うことだけ。もしかしたら物資があるのかもと言っていたが、見る限りなさそうだ。一応廃村を回る。そこらかしこに生活を感じさせるものが焼け焦げている。
下半身がないクマのぬいぐるみ、鉢だけ残った観賞植物、真っ黒に焦げた果実らしきものが二つ・・・ふと水音に気付いた。廃村に居ても気分が良くなるものでもなく、水音がする森へと向かった。
水音の正体は幅10mほどの綺麗な清流だった。下流こそ不格好な生け簀が作られているが、上流に目をやると手付かずの木々に囲まれた自然の楽園が見えた。ここに立っているだけで心が浄化されていくような感覚、癒されるというべきなのだろうか。思えばこうして景色を楽しんだことはなかった。ずっといつ逮捕されるのかわからない中生きてきた一か月だった。右も左もわからない俺を助けてくれたのが、ヤー爺だった。父親代わり?いや、師匠だろう。お世辞にもやっていることは善業とは言えないが、人類の敵のような俺でも生きるすべを与えてくれた師匠。
「くそ、柄じゃない・・・よな」
涙が川に落ちて水面に波紋を作る。そこには酷い顔で泣いている自分が写っていた。
「うわああああ!なんで!なんでだよ!まだ何もしてない、何も返せてない!これから、これからじゃないか!あんなクソみたいな街を出て、一緒に行ければいいってそんな些細な願いすら受け入れられないのかよ!あんな・・・あんな蟻みたいなやつらに!」
三日後。俺は川で釣りをしていた。廃村を歩いていたらまだ使える釣り竿と仕掛けを見つけたからだ。やり方なんてわからないけど、とりあえずやってみるの精神だ。窃盗で覚えたロープの結び方で糸を結び、川の石の裏にいる虫をエサにして上流で糸垂らす。ちなみに下流では一切釣れなかった。生け簀の網は破れており、邪魔になると判断して跡形もなく撤去したのだが、生け簀があった場所には魚が寄り付くことがなく仕方なく上流でやっている。また、水分補給に困ることもない。天使の体とはいえ生水を飲むのは気が引けたので煮沸してから飲んでいる。あの街よりも圧倒的に美味しかった。あの街の水は煮沸しても臭みがあったのだが、この廃村の水は非常に飲みやすい。あとはこの村は元漁村だ。生け簀や釣り竿があるからもしやと思っていた。ヤー爺の故郷かと思ったが確かめる手段がない。
「今日も釣れないか魚の姿は見えるんだけどな・・・そうだもう少し上流に行ってみよう」
別に急いではいないため、明日でもいいのだが好奇心を抑えることができなかった。多少の崖ならば軽く跳躍すれば手が届くし、天使は防水なのか水に濡れても困ったことはない。強いて言うならば、竿を折らないようにすることは当然として、あとは苔に注意しなければならないこと。苔があるところに足を置くとほぼ確実に転ぶ。もう既に5回ほど転んだ俺が言うのだから間違いはない。
上流に行けば行くほど自然が豊かになり、道がより険しくなる。つくづく人が切り開いた土地というものは横暴なのだと知る。もっとも完全に人間ならば楽をするために道を開拓したと思うが。
「おー、すげー・・・こんなに・・・綺麗なのか」
開けた場所に出た。直径100mを超える湖、おそらくここがこの川の源流。透き通った水の底から湧いているようで砂がぼこぼこと何度も浮き上がっている。手前の水面には蓮の花が浮き、周りの木々と合わさり幻想的な雰囲気を醸し出している。まさに秘境。
「こんなところがあるなんて、ヤー爺を連れてきたかったな・・・待てよ」
もし仮にここがヤー爺の言っていた場所ならばここに俺を連れてきたかったのかもしれない。そう思うとなんだか妙に嬉しくなり、近くの石に腰かけた。
「うわあ!」
石がバランスを崩し後ろへ倒れこむ。座った場所が悪かったと思ったが、石の下が不自然に盛り上がっていたことに気付く。他と比べてそこだけ数cm高い。好奇心に任せ、そこを掘ってみることにした。2分ほど手で掘り進めると何かが手に当たり、強引に掘り出してみようとするが持ち上がらない。全体を調べるために近くの石をどかして同じように掘ってみると、それは50cmの正方形の鉄の箱だった。蓋は黒いテープでぐるぐる巻きにされて簡単には開けられそうにない。
「タイムカプセルとか?もしヤー爺のだとしたら何だろう。ヤー爺のことだきっとお金だろう、それかお金になるもの」
数分かけて何とかテープをはがし、鉄の箱を開けた。
「これは・・・手紙と・・・」
中に入っていたのは少し汚れた便箋の手紙とたばことライター、そして大量の爆薬だった。
『これを読んでいる頃には俺はもういない、爆薬は好きに使え、セイム。実は俺はお前を助けるためにあの街に居た。あの漁村が襲撃された時に生き残った俺はある男に言われたんだ。セイムという半分天使の男が記憶喪失になるから大金を報酬に助けてほしいと。初めは冗談だと思ったさ、でも襲撃された時になにも助けてくれなかった国に一矢報いるために金が必要だった俺には渡りに船だったんだ。だが、あの男に言われた。いつかバレると。だが俺は考えたやるもやらないも、セイムに賭けてみようと。だから無理に使えとは言わない。このまま見なかったことにして土をかぶせるのも良いだろう。だがもし使う気があるのならばお前がやるべきと思った時に使え。未来の俺がどんな結末を向かるのか知らないが、セイムと良好な関係であることを願っているよ
ヤクト・ルコール』
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