第8話 3枚目の手紙

「どうしてそんなに俺に対してボケるんですか?」


「それは・・・」


 ムアバは濁してヴィーチェと顔を合わせた。二人は示し合わせたように俺に向かって笑う。当然だと言うように。


「もしかして、ターレルという男に言われて?」


「あ、ああ、そうだ。だがな、お前さんの目が・・・な」


 初めは俺に似た男、ターレルに頼まれて俺に声をかけたそうだ。「セイムという半分天使の人間が来るから手紙を渡してほしい」と。だが、ムアバ曰く、俺の目が死んでいた。何か大切なことを諦めて、何もかも放り投げたいと言いたげな目をしていたそうだった。それはヴィーチェも同じだったようで、放っておけば自殺していたとのこと。だから俺を楽しませるようにしていた。あの息の合ったセリフもお互いを思えばこそできたことだったと。そして自分たちの結婚式にも参加してもらって、監査人に俺を書き、名前だけでも借りればお互いにwin-winな関係になると。


 事の顛末を告白してくれた二人は最後に「黙っていて悪かった、利用して悪かった」と謝罪を入れた。もちろん、二人に非はないため、顔を上げてもらった。確かに始めから言っておいて欲しかったことではある。ただ、もしターレルに「手紙を渡すまで黙っていろ」と口止めされている可能性もあることも考えたら筋が通る気がしたし、二人には恩義もある。


 なんにせよ、俺は嬉しかった。二人は、ぽっかり空いた穴を何も言わずに埋めようとしてくれたのだ。無下にはできない。


「ありがとう」


「え?でも、私たちあなたに負担を掛けるような関わり方で」


「自覚があったのなら自重してほしいところですが、自分に向けられた善意ですから、多少迷惑だろうと礼くらい言います。別に迷惑でもないですが」


「そう言ってもらえると、俺たちも嬉しいよ。ありがとうな」


 今日は二人の結婚式、曇らせることを言うものではないな。どうせ、ろくなことが書いてない手紙だ、さっさと読んで捨ててしまおう。そんでもって、出された料理を頂こう。


「それで、手紙は」


「・・・これだ」


 前回同様、しっかりとした白い封筒に包まれている。今となっては、白いのは数を描いたためだと思うと手抜きに感じてしまう。


 礼を言って丁寧に受け取った裏腹に、雑に封を開けた。




『セイム。俺だ、ターレルだ。突然で悪いが絶対命令だ




 目の前の二人、ムアバとヴィーチェを殺せ』




 手紙を持った手が震えている。理解ができない、さっき以上に理解ができない。


何度も瞬きをして視線も定まらないまま二人を見ると、二人も俺の手にある手紙を見て戦慄していた。何もない無地の便箋だ、もしかしたら透けていたのかもしれない、そう思って手紙を裏返す。


「え?」




『騙して悪いが、セイムはお前らを殺すために雇われた国からの暗殺者だ。


それと、ムアバは元奴隷商人、ヴィーチェは元商売女だ』




「冗談ですよね、こんな手紙を寄越すだなんてちょっと、ふざけすぎですよ」


 二人は顔を横に振ったあと、お互いに見つめあったままゆっくりと一歩離れる。


「そ、そっちこそ冗談だよ、ね?そ、それと、ムアバ?奴隷商人だなんて、だ、だってあなた、出会ったとき武器メーカーの平社員だって!!」


「そ、そっちこそ、商売女ってどういうことだ?!」


 この結婚式の場にはもう幸せムードなんてものはなかった。あるのは、氷のように冷たく、重たい空気。気が付くと空が濁り、灰色になって今にも降り出しそうだった。




 何も考えずに走った。


空気に耐えきれなかったから?


目の前の事実を受け入れられなかったから?


何も信じられなくなったから?


手紙の主、ターレルに対して殺意が湧いたから?


そのどれでもあって、どれでもない。


要するに、嫌になった。


もう裏切られるのはごめんだ。


行き先も考えず、離れることだけを頭に入れて、走った先に行商人の馬車が見えた。


「ちょっと、申し訳ないがどこかへ乗せて行ってはくれないだろうか?」


「ああ、あんたか、もう金はもらってるから安心しな」


「どういうことだ?」


「どうって、あんたが金とこいつを持って、今日この時間にこの辺鄙な田舎にいるようにって言ったんだろう?」


 男の話を鵜吞みにして馬車に乗った。他に荷物はない。本当に俺だけを運ぶように待っていたということだ。男が俺に渡されたという手紙には


『俺だ、ターレルだ。きっと俺を怒っているだろうか、憎んでいるだろうか、今にも殺したいだろうか。だがそれは今じゃない。お前にはやらなくてはいけないことがあるんだ。今は黙って中央都市に戻れ』


 中央都市というのは俺が目を覚ましたあの街だと馬車の男が言った。戻りたくはないが、ムアバとヴィーチェの傍にいるよりはいいのかもしれないと思ったその時だった。


「ぐ、あぁ・・・」


「ど、どうしたってんだあぁ?!」


 胸が痛い。違う。コアが、コアがイタイ、アツイ、キモチワルイ。


血を沸騰させたように全身も熱くなっていく。イヤダ、マダ。


男の声がするけど何を言っているのかわからない。シニタク、ナイ。


爆ぜたような痛みがまだ人間の肉体部分に走る。アアアア!ナイ、ナイ、シニタクナイ。


元々声が出ないみたいに声が出ない。声を出す感覚ってどんなのだっけ。ナニモ、ナイ。


視界が揺らぎ徐々に見ているものがぼやけてくる。ボクニハ、ナイ。


瞼の重さに耐えきれず目を閉じた。ボクニハ、モウ、ナニモ、ナイ。




「なんだよ、久しぶりの客だってのに病人か?」


 自身が所有する馬車の荷台に入り、倒れているセイムを見て悪態をついた。男はこの2週間ろくな仕事が回ってきていない。まるで誰かに妨害でもされているように仕事が上手くいかない。中央都市に行く道中で浮浪者の集団に襲われたり、馬が命に別状はないけど数日安静のケガをしたりと災難続きだった。


「待て、こいつ天使じゃないか!ふざけるな!こいつ、俺をだましやがって!」


 そんな男が今や人類の敵を運んでいたなんて知ればどう思うか。


セイムの持ち金を奪い、適当な場所で下ろした。うめき声が聞こえようと知らない。聞こえちゃいない。男はこれから中央都市に酒を飲みに行くのだ。


「ブルーア〇ズホワイトアルティメット〇ラゴンキメるんだ!」

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